2010年08月01日
ジムニーがやってきた
........................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉

ドレスアップコンテストの優勝者とそのジムニー
7月25日、あやべ温泉アスレチック広場に沢山のジムニーがやってきた。参加した車はリフトアップやバネの強化など様々にドレスアップされており、素人の筆者が見てもとても格好がよい。これは、「水源の里」ジムニーSPAミーティング実行委員会(神山毅寛委員長)が開催するものでメンバーの親睦が目的でもある。
朝7時のゲートオープンを目指してやってきたジムニーは約30台。筆者の家のすぐ近くを通ることもあって山里に響き渡るエンジン音に目を覚まされた。プレートをみると多くが大阪ナンバーで、全員がそろった9時からは主催者が用意したメイドさんを交えて自慢の愛車と撮影会を行った。
ジムニーは気軽に、そして、遊び感覚でドレスアップできるのが魅力だとも云われる。パーツも多くの種類が販売されていた。この車のイベントは日本各地で行われているがレースがメインであり、今回のような親睦イベントは近畿地方では初めての試みである。
午後からは、メイドさんがじゃんけん大会でイベントを盛り上げ、勝者にはメーカーやデーラーから様々の景品が送られた。最後にドレスアップコンテストの発表があり、姫路からやってきた上記のジムニー(写真)が優勝の栄誉に輝いた。そして、猛暑の汗をあやべ温泉で洗い流し、さっぱりとして帰路に着いた。
投稿者 ryokudo : 18:21 | コメント (0)
ツバメのレストタイム
......................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉

温泉棟の軒下で休息するツバメたち
梅雨明けと同時にうだるような猛暑が続く日本列島、各地で最高気温を更新する日々があり熱中症にかかる人も多い。それでも、休日の午後になると元気な若者たちが海水浴帰りにあやべ温泉を訪れ、真っ黒に日焼した肌をさらしながら水着姿で入って来る。
この暑さ、ツバメにとっても辛いようだ。温泉棟の軒下には、毎日たくさんのツバメが集まって来て休息しているのを目にする。さすがのツバメたちもこの猛暑の中では長く飛び続けることが出来ないようで、飛び立つがすぐに戻ってくる。軒下で休息するツバメには今年生まれた雛たちも混じっており、餌の捕り方を教わって親に負けない程の大きさに育っている。
日本には4月から5月にやって来て巣づくりをし、1~2回卵を産んで雛をかえしている。そして、8月終りから9月にかけて秋風が吹く季節になると河川敷や溜池の葦原に集まり、やがて、東南アジアの島々やオーストラリア北部を目指して一斉に飛び立っていく。
<ツバメ一口メモ>
日本では、水稲栽培において穀物を食べず、害虫を食べてくれる益鳥として古くから大切にされ、ツバメを殺したり巣や雛に悪戯をすることを慣習的に禁じ、農村部を中心に大切に扱われてきた。また、ツバメの巣のある家は安全であるとの言い伝えがあり、巣立って行った後の巣を大切に残しておくことが多い。(引用文献:Wikipedia)
投稿者 ryokudo : 18:02 | コメント (0)
2010年07月31日
川まつり
.............................................................................撮影:口上林 十倉向町

河川敷での川まつり風景
梅雨が明け3連休中日の18日、十倉向井町の河川敷において口上林最大のイベントである川まつりが行われ、参加者は猛暑の一時を上林川で満喫した。これは、口上林川まつり実行委員会(川端勇夫委員長)が主催するもので、今年で第15回目を迎えた。
上空に鯉のぼりが舞う会場では、るんびに学園の太鼓演奏のあと午前10時に開催宣言が行われ、ハワイアンバンドとフラダンスが会場を盛り上げた。また、子供たちは特設の川に放流された600匹の魚つかみに熱中し、捕獲してビニール袋に入れた鮎とウナギを誇らしげ見せ合っていた。
気温がぐんぐん上昇した昼には自治会対抗の丸太早切り競争が行われ、参加者が直径30cm近い杉の丸太を切り落とす頃には顔から汗が流れ落ちていた。また、模擬店では鮎の塩焼きやカレーライスなどが10数軒並び出店者はランチタイムには大忙しだった。
川まつり一番の出し物はやはり会場へ行くのに乗るボートだろう。5~6人乗りの小さなもので、向こう岸から人が引っ張る簡単なものではあるけれど川まつりに相応しく中々風情がある。少子高齢化が進む上林ではあるけれど、祭りには沢山の子供たちが参加した。6月の奥上林二王公園まつり、中上林の蛍まつりに続いて行われた上林3大祭りの1つである口上林の川まつりは大盛況の中で過ぎていった。
投稿者 ryokudo : 15:18 | コメント (0)
2010年07月25日
薬草教室
........................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉

サンプルを示しながら説明する京都薬科大学の松田准教授
あやべ温泉二王館を利用して第11回薬草教室が開催され、参加した50人近い受講者は90分の講義を熱心に傾聴した。これは財団法人綾部市みどり公社が主催するもので二王館ができてから毎年実施されている。講師は京都薬科大学生薬学分野の松田久司准教授で、ここ数年は毎年来館され講義をして頂いている。
午前中は「食べ物にくすりのルーツを探る」と題して薬食同源と陰陽五行説について多くの薬草サンプルを提示しながらその種類と効能について詳しい説明があった。また、粗食は長寿を阻むとのことで動物と植物性のタンパク質と油脂をバランスよく摂取することが長寿の秘訣だとも云われる。
昼食は薬膳料理。講義の中で説明のあった食材もふんだんに使われていた。その後、温泉の横にある薬草公園を全員で見学。綺麗に整備された公園には薬草89、薬木95種類が植えられており、それらを目にしながら薬効などについての知識を学んだ。
ちなみに、医食同源という言葉は日本で生まれたもので1972年NHKテレビ今日の料理という番組の中で使われたのは始まりだという。薬(生薬)も食も同じ源。バランスのとれた食材を美味しく食べて日常の食事で病気を予防すること。陰陽五行にも中国4000年の歴史が詰まっているが、日常の食生活の中で実践するのはなかなか難しい。
投稿者 ryokudo : 15:58 | コメント (0)
清流の魚たち(No.3)
....................................................................... ......撮影:奥上林 睦寄町

(前回の続き) 上林川に泳いでいたハヤ
骨にはマグネシウムやリン、硫黄、亜鉛、鉄など生命にとって必要なミネラルが含まれている。これらの成分は海水に多く含まれているものであり、骨は豊かな海の代わりなのだ。骨という海を持ったケイロレビスは川の王者となって生き残り、清流の魚たちは全てこの子孫でもある。そして、陸に住む私たちの背骨もケイロビクスから受け継いだ物だという。
ところが、こうした魚たちとは全く違う生き方を選んだ魚がこの時代に登場している。デポン紀前期の海に出現し、ケイロビクスと同じように背骨を持ったユーステノプテロン。この魚は4枚のヒレに7個の指のような骨を持ち、湖の岸に近いところや浅い場所に住みながらヒレをまるで手のように使って植物をかき分けながら動き回り餌を捕獲していたそうだ。
また、水中の酸素不足を補うための肺をもち、空気中の酸素を利用していたとも考えられている。ユーステノプテロンから1千万年の後、初めて陸に上がったのが先のイクチオステガである。このイクチオステガの偉大な第一歩によって私たちへ繋がる動物の歴史が始まった。(参考文献:「生命 NHKスペシャル40億年はるかなる旅」の2巻「魚たちの上陸作戦」)
地球上の3,000万種とも云われる生命は、様々な分野の専門家によって進化の姿が明らかにされ、NHKスタッフの方々により体系化された情報として発信されている。歴史は知恵の宝庫ともいわれ、過去を知ることは現在を知り、そして、未来を予測することに繋がるとも・・・。科学の発達によって神の領域は狭まり地球の真実の姿が明らかにされつつあるとも云える。(終)
投稿者 ryokudo : 15:44 | コメント (0)
2010年07月18日
清流の魚たち(No.2)
.....................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉

(前回の続き) あやべ温泉の水槽の中で泳ぐアマゴ
今から3億6千万年前、初めて陸という未知の世界に挑んだ生命がいた。陸上動物の祖先イクチオステガという現在のサンショウウオによく似た魚類だ。
最古の魚は、今から4億6千万年前のアランダスビスというヒレのない泳ぎ方が不安定な魚であった。この時代、海の王者はオウムガイであり魚類などを捕獲し、食料としていた。そのため、アランダスビスはオウムガイなどの天敵から逃れるために川という新しい世界を目指して進化していった。
しかし、海で生まれた生命にとって塩分濃度の低い川は危険な場所であり、簡単に済める場所ではなかった。そんな中、河口に住みながら腎臓を発達させ、身体に入った余分な水を血液からしぼり出し、塩分濃度の違いを克服したのが4億年前に登場したプテラスピス。
そして、沼や急流など様々な河川の環境の中で進化した魚類は3億9千万年前、背骨を持ったケイロレピスという魚が現れた。この魚は骨の他に泳ぎをコントロールする2枚の胸ビレと腹ビレをもち、獲物を捕らえるアゴと鋭い歯を持っており、今の魚と同じ特徴を備えていたという。
骨は筋肉を支えるだけでなくミネラルの貯蔵庫という役割がある。特にカルシュウムは生命の活動に欠かせないものであり、神経の働きや心臓の筋肉が動くためにはなくてはならないもので、カルシウムが不足すると生命にとってはたいへん危険な状態になる。カルシウムが不足した時は骨から溶け出して補給するそうだ。(次回へ続く)
投稿者 ryokudo : 09:24 | コメント (0)
2010年07月12日
清流の魚たち(No,1)
.................................................................................撮影:睦寄町 山内

山内川で釣り上げたモトクソ
この地方では、我輩をモトクソと呼んでいる。天敵の少ない河川の上流付近の水の綺麗な場所を住処としているが、ここは食料に乏しいことから川虫や川面を飛ぶ虫など食べられるものなら大概のものは選り好みなしに食べることにしている。特に、瀬虫やミミズは大好物である。
あやべ温泉の近くを流れる山内川にも沢山の仲間がいて、天気の良い日には川の溜まりに集まって日光浴を楽しんでいる。しかし、そんな日は近所の人間の子供たちが魚釣りに来ていることがあり、針のついた餌につられて飛び出した仲間が真っ先に吊り上げられていく。
また、ときどき空から白鷺が舞い降りてきて長い口ばしで突くので油断ができない。しかし、何といっても一番の天敵はオオサンショウウオだ。気持ちよく泳いでいると岩陰から突然とび出して来て大きな口でパクリとやられてしまう。彼に狙われたら流石に俊敏な我輩もひとたまりもない。
上林川のあるイセキの下には20匹近いサンショウウオがいて、夜になると餌を求めて彼方此方を徘徊し、我々の仲間を食べているという。上林川にはすっかり魚が少なくなったと漁業組合の人々は嘆いている。
さて、魚にちなんで古代に海から川に上がった魚類の歴史を紐解いてみたい。これからの話は小学館発行「生命 NHKスペシャル40億年はるかなる旅」の2巻「魚たちの上陸作戦」を紹介しながら魚類の進化について話を進めて行きたい。
投稿者 ryokudo : 09:18 | コメント (0)
紫陽花
................................................................................撮影:睦寄町 山内

梅雨に映えるアジサイ
梅雨の時期に咲き、雨に映える花と言えばやっぱりアジサイだ。府道1号線をドライブしていると彼方此方の家の庭先に咲いているのが目に飛び込んでくる。うっとうしい梅雨の時期、清楚で可憐なこの花を見ると心が和むのは私だけではないだろう。
小さい花弁が集まって1つの花房をつくり、それが集まって一株の大きな形を保っている。これは、海の中で小魚が天敵から身を守るために集まって群れをつくり、大きく見せているのと似た感じがする。目立つことで昆虫などを呼び寄せているのかも・・・・。
アジサイは3~5弁のガクの集まりで、本当の花はガクの中心にできる小さなもの。また、アジサイの名所は寺を中心にあちこちにあるが三重県津市のあるゴルフ場には56種類、7万5000株が植えられているという。(フリー百科事典Wikipedia参照)
<紫陽花一口メモ>
原産地は日本。花言葉は強い愛情、移り気な心、家族の結びつき。花の色は土壌のPH濃度などによって様々に変化するので「七変化」とも呼ばれている。日本は火山国で酸性土壌が強いことから原産の最も古いものは藍色。アジサイの名は「藍が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものだという。
投稿者 ryokudo : 09:13 | コメント (0)
2010年07月04日
老富町の薬師如来祭り(No.3)
...........................................................................撮影:奥上林 老富町

前回の続き 大唐内にある薬師如来像を祭る薬師堂
<薬師如来一口メモ>
薬師如来は阿弥陀如来の西方極楽浄に対する東方浄瑠璃世界の教主。左手に薬壺をもち、右手に施畏印を結んでいる。その名のとおり医薬を司る仏で医王という別名があり衆生の病気を治し、安楽を与える仏とされている。
古来より現世利益を願う人々の信仰を集め、中国では5世紀、日本では8世紀以後、薬師信仰が広く行われるようになった。通常、左脇に日光菩薩、右脇に月光菩薩を侍する三尊形式で安置される。この仏は菩薩であった頃、十二の大願を立てたとされ、その七番目の願いに「病のものも私の名前を聞けば患いが除かれる」とあって、これが薬師信仰の根拠といわれている。
ご承知の通り、仏教は飛鳥時代(538年)、百済の聖明王の使いで訪れた使者が欽明天皇に釈迦如来像や経典、仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりとされている。仏像は仏教における信仰礼拝の対象であり、仏教の教義や世界観を伝えるためのもので、一般的に①如来、②菩薩、③明王、④天部、⑤その他(羅漢・祖師・高僧など)の5種類に分類されている。
ちなみに、あやべ温泉と君尾光明寺のある山内自治会には、薬師如来、文殊菩薩、不動明王、金剛力士、聖徳太子・空海の5種類の仏像の全てがある。綾部市の1つの自治会で5種類の仏像が揃っている地区はそう多くはないだろう。(終り)
投稿者 ryokudo : 13:41 | コメント (0)
2010年07月03日
老富町の薬師如来まつり(No.2)
...............................................................................撮影:奥上林 老富町

(前回の続き) 薬師如来像に祈願する地域の参加者
村の再生には多くの知恵と努力がいる。行政支援の取り組みに前向きな人々が積極的に活動し、一歩を踏み出した。地域の現状に危機感をもち、活性化に取り組んだ水源の里の活動により村の人たちは元気になり、今では生き生きと頑張っておられる。きっと、やれば出来るんだという大きな自信と希望を得られたことと思う。
農林業の衰退により急速に過疎と高齢化が進んだ。一方、空き家が増え都会から移住して来る人たちも結構おられる。陶芸家のトレーシー・グラスさんは移住して20年になる。気さくで陽気なカナダ・トロント出身の女性だ。また、昨年4月には市営住宅が建設され、2世帯11人が移住している。
ご主人は2人共あやべ温泉の姉妹施設に勤務し、それぞれ元気に頑張っている。カザフスタンから来たプルマンさんは二王公園で、また、6人の子供を持つ橋本さんは二王館でホテルマンとして接客を担当している。地元の人たちは、数十年振りに子どもの声を聞いたと大喜びだ。
地域にとって過疎化は危機ではあるが、都会の人たちを迎えるチャンスでもある。育った環境が違うことから価値観や感性が異なり、年齢差もあるけれど、それらを乗り越えて融合し、新しい地域づくりを目指してほしいと願うばかりだ。(次回へ続く)
投稿者 ryokudo : 09:13 | コメント (0)
2010年06月28日
老富町の薬師如来まつり(No.1)
...............................................................................撮影:老富町 大唐内

薬師如来坐像の前で説法する長源寺の藤井和尚
3月の肌寒い日曜日、老富町大唐内において薬師如来祭りが行われ、地区内外から大勢の参拝者で賑わった。これは大唐内自治会(渡辺光男会長)が主催するもので、今年は、24年に一度の本尊の薬師如来像が開帳されたことから祭りは盛大に行われ、老富町出身の都会っ子たちも帰郷して参加した。
この薬師堂は、聖武天皇年間の西暦750年頃に建立されたもので長い歴史を感じる。ご承知の通り、聖武天皇は遣唐使を派遣して積極的に唐の文物制度を採用し、仏教興隆に尽くして律令国家の盛期と天平文化を開花させた。そんなこともあって薬師信仰はこの時代に日本各地へ広まった。
この地は大唐内という名称が示す通り中国の唐との関わりがあり、日本海の舞鶴方面から人々が入ってきたとの言い伝えがある。地域再生のための水源の里の立ち上げに尽力され、このブログの取材をさせて頂いた西田昌一さんは、病院などへ行く時は府道1号が開通するまでは裏山の峠を越え、何時間も歩いて舞鶴まで行ったと言われる。
西田さん達は、3年前、水源の里を立ち上げてから今日まで様々な活動をして村の再生に尽力されている。20数本の栃の木の植栽や草刈り、また、新築した公民館での栃餅づくりや共同野菜作りなどを行っておられる。今年の夏は峠の茶屋と銘打って休憩所を設け、府道1号を通行する人達に栃餅善哉を提供すると張り切っておられる。(次回へ続く)
投稿者 ryokudo : 14:48 | コメント (0)
ほたる祭り
.........................................................................撮影:中上林 八津合町

大勢の観客を前に、元気よく太鼓をたたく小学生たち
中上林最大のイベントであるホタル祭りが6月19日の土曜日、あやべ温泉姉妹施設の上林山荘において行われた。午後8時、あちこちの河川から集めたホタル約3,000匹が放流されると会場を埋め尽くした3,000人の観客からは大歓声があがった。
これは、中上林ホタル祭り実行委員会(四方英生委員長)が主催するもので、地域の人々の参加と協力によって継続されており今年で第29回を迎えた。午後2時、仮設池の魚つかみで始まった催しは、上林太鼓の演奏やよさこい踊り、ビンゴゲームなどで会場は盛り上がり、大勢の参加者たちは土曜日の午後の一時を満喫した。
また、山荘の駐車場では20数店舗の模擬店が並び、地域の人々が丹精込めて調理した自慢の食材が盛付けられ、見物客は好みの食べ物に舌づつみをうった。鮎焼きや綿菓子など目前で調理しながら販売する人気コーナーには行列ができ、出展者はその応対に大忙しだ。
ホタル祭りも年々規模が拡大し、参加者も増加してきた。それに伴って河川からホタルを捕獲することに対する自然保護の意見などもささやかれている。そんなこともあり、山荘近くの用水路にニナ貝を放流してホタルが育つ環境を整備し、自然に飛ぶホタルを見物するイベントにしていく方向で準備が進められているという。
投稿者 ryokudo : 14:36 | コメント (0)
2010年06月19日
シャクヤク
..............................................................................撮影:奥上林 睦寄町

夕日を浴びながら大輪の花を咲かせるシャクヤク
春も終わりに近づきやっと季節らしい気候となった5月末に我家のシャクヤクが蕾をつけ、6月になって花が開いた。木陰と肥料不足のためか茎が細く、昨年までは花をつけると倒れていたが、支柱を立て紐で固定したら8本の茎に8個の大輪を咲かせた。夕日に照らされた花があまりにも鮮やかだったので紹介させて頂いた。
立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花ともいわれるように、シャクヤクは枝が分岐せず上に伸びることからすらりとした美しい女性の代名詞となっている。ボタンとよく似ているがシャクヤクは草であり、ボタンは木である。
シャクヤクはボタン科の被子植物でボタンが咲き終わるのを待って花をつける。花言葉は、はにかみ、慎ましやか、恥じらいなどといわれるがその咲き方から来ているのかも・・・。原産地は中国とシベリア南部だといわれているが、中国では根を漢方として利用されており、鎮静作用や血液の循環を良くする作用があるそうだ。
春から夏にかけては沢山の花が咲き、各家の庭を賑わせてくれる。ホームセンターなどでは世界各地のきれいな花苗がたくさん販売されていて、ガーデニングも盛んに行われておりその美しさに目を奪われることも多い。毎日忙しく仕事に追われているブログ読者の皆さんも、たまには花を観賞する和みの時間を持って頂ければと思う。
投稿者 ryokudo : 14:45 | コメント (0)
大岩の滝
.................................................................................撮影:睦寄町 大岩

60メートルほどの天空から流れる清流は幾重にも姿を変え、草壁川に吸い込まれる。四季折々に姿を変える滝の風情をお楽しみ下さい。清流は草壁川から上林川を経て由良川へと導かれ、やがて、日本海にたどりつきます。
『上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」の思いを乗せて・・・・』上林川を美しくする会
今春、大岩の滝の周辺整備をした上林川を美しくする会(熊内輝夫会長)が設置した案内板には上記のように記述されている。
新しく設置されたベンチに座って滝を眺めると何故かとても気持ちが和む。那智の滝や華厳の滝などに比べると水量が少なく、直下型ではないことから迫力には乏しいけれど、岩肌に沿って流れ落ちる水流は独特の風情を感じさせてくれる。
白い泡をたてながら流れ落ちる水の音、周囲の森の緑、そして、川底まで透きとおった草壁川には魚の泳ぐ姿が目に映り、まさに上林の大自然がここに凝縮されている感じがする。大岩にある2軒の民家は物干し竿が架かるほど狭い谷間の一角にあって、そこでは稲作も行われている。
この上流には、テレビでも度々紹介され、栃の実で有名な水源の里古屋がある。自動車道は民家が数軒しかない古屋で行き止りとなるが、近代以前、人々が歩いて旅した時代には、丹後方面から京都への主街道として大いに栄えたという。きっと、中世の旅人たちもこの滝を眺め、旅の疲れを癒したことだろう。
投稿者 ryokudo : 14:24 | コメント (0)
2010年06月08日
自主防災訓練
................................................................................撮影:睦寄町 鳥垣

水害に備え、土嚢の積み方の説明をする消防団員
3月初めの日曜日、睦寄町鳥垣公民館において自主防災訓練が行われ、集まった鳥垣地区の自治会員は熱心に消防団員の水害防止の説明に耳を傾けた。これは奥上林地区自主防災委員会(熊内輝夫会長)が毎年春と秋の2回に分けて開催するもので、今回は奥上林から3自治会が選ばれて訓練を実施した。
鳥垣公民館では水害を最小限に抑えるために使用する土嚢の種類と使い方についての説明が行われた。土嚢には、布袋に砂を詰め込んだ本格的なもの、水入りのごみ袋を段ボール箱の中に詰めたもの、そして、土を入れたプランターや水を入れたポリ容器をレジャーシートで巻いたものなどがあり、ちょっとした工夫で身の回りのものが土嚢に生まれ変わることを教えられた。
この地域では、平成18年から自主防災組織が結成され、消防団員と自治会が中心になって「自分たちの町は自分たちで守る」ことを狙いとして安心・安全な村づくりに取り組んでいる。地震や風水害などの災害時には要援護者支援登録制度などもあって、高齢化が進む上林においては大事な取り組みでもある。
これらは、ここに住み、実際に体験してみないと理解しにくいことだと思うが、両親を上林に残し、都会で働く方々にこのブログが届けば幸いである。