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2005年12月16日

城山

 中上林には、城山と呼ばれる奇妙な形をした小山がある。手前には清流上林川が流れ、山の向こう側は石橋、山田など4村、80軒ほどの集落がある。城山という名のとおり、江戸時代は藤掛藩の城があったそうだ。

 もし、ここに天守閣の城があったら、そこから見下ろす眼下には「山紫水明」緑豊かな上林の景観を一望できるのは勿論、斉藤道三の美濃 稲葉山城にも匹敵?する堅固な山城になったであろうと戦国の空に想いをめぐらすことができる。

2005.12  城山、冬景色 012 1.jpg

 藤掛藩は、戦国時代からの旧家であるが関が原の合戦では西軍に味方し、細川幽斉の篭城する西舞鶴 田辺城を攻撃した。しかし、幽斉と親しかった藤掛永勝は、小野木藩(福知山城主)への義理の参戦であったため空砲で攻めたという。後日、それを知った徳川家康は、西軍に味方した殆どの藩の領地を没収したが、藤掛藩に対しては石高を半減し、新領地として何鹿16郷の1つであるこの上林(拝師郷)の地を与えたそうだ。

 あやべ温泉の姉妹施設である上林山荘は城山の中腹にある。雪景色を肴に、宿泊者の皆様方とも、日本の長い歴史の中で唯一実力主義の時代であったといわれる戦国の世を生きた武者たちの、うたかたの夢を語り合ってみたいものだ。

<藤掛永勝 一口メモ>
 父は織田右馬允、藤掛善右衛門の養子となる。織田信長の妹・お市の浅井長政輿入れ時に付随した。また、小谷城攻めではお市の方と三子を救出する。後に秀吉に仕えて、小田原攻めや朝鮮の役に従軍した。1601年、6千石で上林に入部。

投稿者 ryokudo : 2005年12月16日 10:08

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