2006年01月01日
黒谷の和紙
11月6日、十倉名畑町の旧口上林小学校の校舎を利用した「黒谷和紙工芸の里」がオープンした。館内には、流し漉き工房や日本/世界各地の和紙製品サンプル展示場、和紙商品の即売場などがあり、初めて訪れたものを楽しませてくれる。また、紙漉き体験もでき、紙漉きの面白みや難しさも知ることができる。
............................................................................撮影:黒谷和紙工芸の里

林さんは10年前、京都からやってきた。下十倉の自宅にも工房を持ち、この上林で和紙生産を根付かせていきたいとの想いを熱心に語る。また、受付けの佐々木さん(女性の研修生)は、和紙に魅せられて2年前に大阪からやってきた。若者や第二の人生を見つけようとする人々が集まり和紙の技術習得に励んでいる。
黒谷の和紙は古く平家の落ち武者が子孫へ残す技として始めたといわれている。江戸時代には、旗本領になり数々の奨励策がとられて次第に発展し、京都が近いこともあって京呉服に関連した紙が多くつくられてきた。
4月からは、園部町にある京都伝統工芸専門学校「和紙工芸科」の生徒を受け入れ、和紙の後継者育成を進めていくという。また、和紙の原料である「楮」の栽培を、この上林で始めたいとの構想もある。黒谷和紙協同組合の福田理事長の想いは尽きない。
<和紙一口メモ>
紙は、その昔中国で生まれた。日本へは610年、最古の女帝 推古天皇の奈良時代、高句麗の僧「曇徴」が絵の具や墨と共に製紙を伝え、これを聖徳太子が産業として日本各地に広めたという。和紙の技術的特長は「流し漉き」にある。これは、紙漉きのときにトロロアオイやノリウツギなどの植物から採取された透明の粘液(トロロ)を混入することによって生まれた技法である。1000年以上に渡ってその生命を保ち、世界に誇る美しくて丈夫な和紙は、日本人の智恵と工夫によって育まれたのである。
投稿者 ryokudo : 2006年01月01日 14:45