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2006年07月27日
アジサイ
........................................................................撮影:奥上林 睦寄町

日本の梅雨の季節に咲く代表的な花と云えばアジサイだ。府道1号線をドライブすると家の庭先や田んぼの岸などにたくさん咲いている。うっとうしい梅雨の時期、清楚で可憐なこの花を目にするととても心が和む。
映画全盛の頃、昭和35年の日活映画「あじさいの歌」の中で、若い商業デザイナー河田藤助(石原裕次郎)の向けるカメラに、けい子(芦川いづみ)と一緒に映ったアジサイ花の美しさに感動し、それ以来、彼女とこの花のファンになってしまった。
アジサイを境内に多く植えたアジサイ寺と呼ばれる名所は日本各地にあるが、北鎌倉の名月院が有名だそうだ。また、この上林からすぐ近くの舞鶴自然文化園には、約5万株のアジサイが植えられているという。筆者のささやかな夢は、あやべ温泉街道の山裾一面をアジサイで飾ること。挿し木をし、自宅の周りから少しずつ植え始めている。
<アジサイ一口メモ>
原産地は日本。花言葉は、強い愛情、移り気なこころ、家族の結びつき。花の色が土壌のpH濃度によって様々に変化するので「七変化」とも呼ばれている。日本原産の最も古いものは青色だという。また、アジサイの名は、「藍が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものだと言われている。
投稿者 ryokudo : 15:14 | コメント (0)
2006年07月24日
地域の観光資源 学習会
.......................................................................................撮影:君尾山

7月初めの休館日、あやべ温泉の従業員の有志一同は、すぐ近くにある君尾山の光明寺を訪ね、住職である楳林和尚から、お寺の歴史や文化財としての詳しい説明を受けた。
これは、あやべ温泉の従業員一人一人が地域の観光資源をしっかりと学習し、あやべ温泉に来て頂いたお客様に自信をもって説明ができるようにすることが狙いであり、矢野社長の強い想いでもある。初めての試みでもあったが、休日の中、社長や支配人をはじめ、従業員12名が参加し、たいへん有意義なひと時を過ごすことができた。
この他、上林の観光資源としては、樹齢2000年とも云われる君尾山の「大栃の木」、頭巾山近くにある「八反の滝」、多くの神社仏閣や城跡、そして、口上林の小学校跡地に開設された「黒谷和紙工芸の里」など府道1号線沿いには、自然を中心に多くの文化財や名跡がある。
これらの名所現地の確認は、当面、毎月1回実施していく予定である。従業員が地域の観光資源を深く学習し、お客様の納得される説明をすることによって顧客満足度を高め、あやべ温泉への再訪問を促す契機になることが期待されている。
投稿者 ryokudo : 16:45 | コメント (0)
2006年07月15日
八幡神社(No.2)
...........................................................................撮影:中上林 八津合町

(以前にエントリーした原稿の写真や文章の一部を変更しました。再度の投稿です)
広い境内、お参りする人も少ないがこの女性、時々参拝に訪れているという。都市からこの上林へ嫁にきて、環境に慣れるまでに色々と気苦労があったそうだ。この神社にきて目を閉じ、手を合わせると、不思議と心が落ち着き、やすらかな気持ちになるという。
ところで、全国に4万社ある八幡神社の総本宮は、大分県宇佐市にある宇佐八幡宮だ。ここには、応神天皇、比売大神、神宮皇后の3神が祀られている。品位は皇室にのみ与えられる「位階」だが、聖武天皇は天平元年(749)八幡大神に一品を叙している。つまり、八幡神は皇室の祖先であり一品の位が贈られているという。
主祭神を応神天皇としているが不思議なことに比売大神が中央に配置されているという。この神社の拝礼方法は、二礼、四拍手、一拝である。あの大国主命を祭る出雲大社と同じ作法であり、全国でもこの2ヶ所だけである。つまり殺害された神であり、そのタタリを恐れて「死拍手」で封じ込めているという。
では、この宇佐八幡宮とは誰か。「逆説の日本史」の著者である井沢元彦氏によると、八幡宮の主祭神は比売大神であり、それは卑弥呼であるという。クナ国との戦いに敗れた邪馬台国の女王である卑弥呼はその敗戦責任をとらされて248年に殺された。そして、その卑弥呼が大和朝廷の祖であり、神格化されてアマテラス(天照大神)になったと・・・・。
また、この宇佐八幡宮は天皇家にとっての墓所であり、天照大神を祭る伊勢神宮は「創始者の銅像」であるとも・・・・。日本史には謎が多いが推理があるから面白くもある。興味のある方は「逆説の日本史」を読んでほしい。きっと歴史が面白くなる。
投稿者 ryokudo : 13:43 | コメント (0)
2006年07月05日
和紙工芸科の生徒たち(No.2)
.........................................................................撮影:黒谷和紙工芸の里

(前回の続き)
この時、プレスが強すぎると水分が不足して、うまく干板に密着せず剥がれ落ちるという。職人さんの仕事は、経験と勘が必要で、これを磨くのがなかなか大変だ。現在は、後継者不足で大切にされるが、昔ならぐずぐずしていたらパンチものだろう。
林さんは、10年のベテランであるが生徒たちに合わせて結構楽しそうに指導されている。しかし、1から教えるのはなかなか難しいものがあるという。今は、一般の方でも、できるところから始めているそうだ。しんどい仕事も楽しくやれば継続できるし、早く習得できるのかもしれない。この生徒たち、整理整頓やあいさつもキチットしてくれるのでとてもやりやすいそうだ。
一方、生徒たちも、紙すきは水の重さで均一化するのだと教えられたが、同じ厚みに紙を漉くのはとても難しいという。紙すきは簡単なようで奥が深いとも感じている。いづれにしても、これまで静かで、少し淋しかったこの黒谷和紙工芸の里、今は若者たちの笑い声でにぎわっている。
投稿者 ryokudo : 14:41 | コメント (0)
2006年07月01日
和紙工芸科の生徒たち
.............................................................................撮影:黒谷和紙工芸の里

伝統ある黒谷和紙工芸の里に、紙漉きに関心のある若者たちがやってきた。園部専門学校の和紙工芸科の生徒6名だ。5月から、毎週水曜日から金曜日までの3日間、ここでの実習があるため、朝早く園部を出発し、JRとあやバスを利用して通ってきているそうだ。
この生徒たち、遠くは九州の鹿児島や福岡そして埼玉県などから参加しているという。京都出身も一人おられるが、大半は他府県の生徒である。この日は、男女5名が参加し、指導者の林さんから叱咤激励されながらの8枚セットのハガキをつくる実習だ。
まず、楮を水の張った紙すきの船に入れてかき混ぜる。その後、適量のトロロアオイを入れて粘りを出す。紙すきの後はプレスにセットし、適度な水分を残しながら加圧して水を切っていく。最後は、それを取り出して干板に貼り付けての自然乾燥だ。数十枚のハガキを貼り付け、1枚1枚を椿の葉っぱで延ばしていく作業はなかなか根気がいる。(次回へ続く)