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2006年11月11日

88体の石仏さん

.........................................................................撮影:奥上林 睦寄町
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あやべ温泉から北へ約2 km、君尾山光明寺の参道にある国宝二王門のすぐそばにある88体の石仏のお堂が新築され、11月3日 地域の関係者40数人が参加する中、当寺の楳林和尚と京都金戒光明寺の木村和尚を迎えて落慶法要が営まれた。

このお堂、参道の両側に44体ずつ安置されていたが、昨年の豪雪で片方のお堂が倒壊。石仏は地元の奥上林だけでなく、上林地域や山家など広範囲の住民から寄進された歴史があることから、国宝 君尾山を守る会(長野会長)が口、中、奥の3上林と山家の住民から寄付を募り、920人の善意が寄せられ新しいお堂の建設が進められていた。

光明寺の古文書「君尾山略記」によると、石仏は文政8年(1825)に上林や山家、和知、遠くは丹後方面の住民が人々の安寧を願って、第一番霊山寺の釈迦如来から88番大窪寺の薬師如来まで四国八十八ヶ寺の本尊を模した石仏を寄進したとされている。石仏に1回お参りすれば八十八ヶ寺の霊場を参拝したのと同じご利益があるとされるが、近年では地元の住民さえ石仏の存在を知るものは少ない。

百済の聖明王から538年 聖徳太子の祖父である欽明天皇の時、日本に入って来た仏教は飛鳥、奈良、平安時代を経て鎌倉時代に入り法然、栄西、親鸞、道元、一遍、日蓮、明恵など近代仏教の祖と云われる人たちによって「人民の救済」としての信仰は大いに庶民へ広がった。

本来、生きるための教えの仏教ではあるが、一般に信仰心が薄いと云われる日本人、このお堂が新築され石仏が安置されたのを機会に、地域の人々の参拝に期待したい。


投稿者 ryokudo : 2006年11月11日 14:04

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