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2006年11月26日
安国寺 もみじ祭り
........................................................................撮影:東八田 安国寺町

各地で紅葉が盛りを迎える中、ここ足利尊氏生誕の地である安国寺でも18日「安国寺もみじ祭り」が催され、約300本のモミジが植えられた境内は大勢の観光客で賑わった。恒例のもみじ祭りは、この地区3大行事の一つとされ、安国寺や地元の自治会でつくる実行委員会が主催。
訪れた観光客は、紅葉をバックに写真を撮ったり、釈迦如来両脇対座像と子安延命地蔵尊を祭る本殿に参拝し、藤本和尚の説明を聞いたりした。一方、庭園内では野点が設けられ琴や尺八を聞きながら至福の一服を楽しんだ。そして、居並ぶ模擬店で好みの食材を買ったり、餅つきなどにも参加して秋の1日を満喫した。(次回へ続く)
<安国寺一口メモ>
当寺は、西暦4年(993)ごろ地蔵菩薩を本尊として開創され、もとは光福寺と称した。嘉元3年(1305)足利尊氏の誕生によって上杉・足利の氏寺として尊崇を受けるようになったという。
暦応元年(1338)足利尊氏は、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺・利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺とし、諸国安国寺の筆頭においたそうだ。当寺は多くの重要文化財、府・市指定文化財、重宝等を蔵する名刹である。
投稿者 ryokudo : 14:16 | コメント (0)
2006年11月21日
小学生の体験学習
..................................................................................撮影:あやべ温泉
上林小学校の児童16名があやべ温泉へやってきた。11月13日の休館日は、浴槽のお湯を排水し、清掃を行って新しいお湯に入れ替える日だ。小学校4年生の男子4名、女子12名は清掃業者の指導の下、キャーキャーとはしゃぎながら元気にブラシを使用してタイルの汚れをきれいにする浴槽清掃の体験活動をした。
これは、京都府の補助事業として綾部市教育委員会が推進する「京の子供夢・未来体験活動」の一環である。子供たちが体験活動を通して、将来への夢と希望を持って、力強く生きようとする意欲や態度をはぐくむことを目的に実施されるものだ。
対象学年は、小学校が4年生、中学校は2年生が原則とされている。中学生の場合は、今年の6月初めに20人が綾部温泉に来て、二王の湯の受付けや売店、薬草公園などに分かれて体験活動を行った。その様子は、このブログでも紹介したとおりだ。
<筆者のひとり言>
300年前の世界総人口は約5億人、現在は65億人で放物線状に増加しているそうだ。反面、世界に類のない経済発展をとげ、豊かになった日本ではあるが全く反対の傾向にある。この上林の児童の推移を見ると団塊世代の上林中学校は1学年で170人だった。今の中学2年生は20人、小学4年生が16人、1年生は9人だという。子供は国の宝というけれど、このスピードで少子化が進めば日本は、そして、この上林はどんな地域社会となるだろう。
投稿者 ryokudo : 14:12 | コメント (0)
2006年11月19日
旅の女性(農家民泊者)
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,撮影:旅の女性(農家民泊者)

スゥちゃんのピアノ演奏を聞く催しが、農家民泊の若杉さん宅で開かれ、ご家族やお友達が大勢集まり素晴しい演奏に聞き惚れた。鍵盤を打つ指は魔法のようにしなやかで、ショパンやリストなど7~8曲を時には激しく、時にはやさしく、そしてリズムカルに聞くものの心に響いた。スゥちゃんは横浜生まれでちょっとハニカミヤの24才。幼い時からピアノに親しみ、札幌大谷短期大学(音楽科)で磨きをかけて来た。
塚本純江さんが、若杉家を訪ねたのは3週間ほど前だ。自然素材(野草、雑穀、土鍋など)の料理研究家であり、各地で料理教室を開催している若杉典加さんのお母さんのことを知り、ぜひ会ってみたいと上林にやって来た。そして、典加さんと一緒に農作業などをしながら3人の子供たちとも仲良く過ごし、楽しく上林の生活を体験できたという。
彼女は、北海道瀬棚のフリースクールで塾生として数年間、乳牛の搾乳サイクルに合わせた生活を過ごした。そこでWWOOFに出会って将来は農的な仕事に携わりたいと願い、体験学習の場を求めて北海道から九州までの日本各地を旅している。秋田、岩手、長野、和歌山などで農的な生活を体験し、10月初めに上林へやってきた。11月からは次の目的地である富山へ行くそうだ。自分の進む道を見つけた女性は強く、生きいきと輝いている。
WWOOF(ウーフ)は、金銭のやり取りなしで「食事・宿泊場所」と「労働力」を交換する仕組みであり、「有機農場や環境を大切にする人達」と「そこで働いてみたい人達」をつなぐことを目的とした組織である。
筆者とは、野外の餃子パーティーやあやべ温泉、そして君尾山「大栃ノ木」の見物などでお知り合いになった。旅の終わりにもう一度お会いしたい女性である。
投稿者 ryokudo : 11:29 | コメント (0)
2006年11月11日
88体の石仏さん
.........................................................................撮影:奥上林 睦寄町

あやべ温泉から北へ約2 km、君尾山光明寺の参道にある国宝二王門のすぐそばにある88体の石仏のお堂が新築され、11月3日 地域の関係者40数人が参加する中、当寺の楳林和尚と京都金戒光明寺の木村和尚を迎えて落慶法要が営まれた。
このお堂、参道の両側に44体ずつ安置されていたが、昨年の豪雪で片方のお堂が倒壊。石仏は地元の奥上林だけでなく、上林地域や山家など広範囲の住民から寄進された歴史があることから、国宝 君尾山を守る会(長野会長)が口、中、奥の3上林と山家の住民から寄付を募り、920人の善意が寄せられ新しいお堂の建設が進められていた。
光明寺の古文書「君尾山略記」によると、石仏は文政8年(1825)に上林や山家、和知、遠くは丹後方面の住民が人々の安寧を願って、第一番霊山寺の釈迦如来から88番大窪寺の薬師如来まで四国八十八ヶ寺の本尊を模した石仏を寄進したとされている。石仏に1回お参りすれば八十八ヶ寺の霊場を参拝したのと同じご利益があるとされるが、近年では地元の住民さえ石仏の存在を知るものは少ない。
百済の聖明王から538年 聖徳太子の祖父である欽明天皇の時、日本に入って来た仏教は飛鳥、奈良、平安時代を経て鎌倉時代に入り法然、栄西、親鸞、道元、一遍、日蓮、明恵など近代仏教の祖と云われる人たちによって「人民の救済」としての信仰は大いに庶民へ広がった。
本来、生きるための教えの仏教ではあるが、一般に信仰心が薄いと云われる日本人、このお堂が新築され石仏が安置されたのを機会に、地域の人々の参拝に期待したい。
投稿者 ryokudo : 14:04 | コメント (0)
2006年11月04日
黒毛和牛(No.3)
...........................................................................撮影:奥上林 故屋岡町

(前回の続き)
<和牛一口メモ>
牛の家畜化は、紀元前6000年頃に西アジアで行われたという。わが国へは、稲作の始まった弥生時代の紀元元年から400年頃にアジア大陸から家畜化されたものが移住者によって持ち込まれたそうだ。
かって、牛は農家の住居の一角で家族の一員として飼われ“農宝”と呼ばれ大切にされていた。これは、牛が農作業や物の運搬にその力を発揮し、糞尿はきゅう肥として田畑を肥やすのに欠かせなかったからだ。しかも、牛の飼料は、人間が直接食料として利用できない草類や稲ワラなどでよかったからである。
ISO14000などの環境保全活動では、3 R (リデュース、リユース、リサイクル) で廃棄物の削減と云うけれど、再使用や再資源化はこの時代から進められていて、農薬や化学肥料などを使用しない有機農法があり、まさに、それは循環型社会そのものである。
幼い頃、筆者の家にも和牛を一頭飼育しており、田んぼの耕作や荷物の運搬によく働いてくれた。そして、飼料としての草刈りは日課でもあった。また、夕方になると大きな専用の鍋で飼料づくりやブラシでの毛並み揃えなど、いろいろと世話をしたことを今、懐かしく思い出す。