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2008年12月29日

大師堂の聖徳太子(No.1)

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大師堂に安置されている三体の木像(中央が聖徳太子)

あやべ温泉の裏山にある君尾山光明寺の大師堂には三体の木像が安置されている。推古天皇7年(599年)に光明寺を開設した聖徳太子と真言宗開祖の弘法大師、そして、光明寺中興の祖で弘法大師の孫弟子に当たる理源大師だ。今回は、その内の一人である聖徳太子を主人公にして話を進めてみたい。なお、一知半解と紙面不足のための言葉足らずはご容赦願いたい。(参考文献 井沢元彦著:逆説の日本史)

ご承知のとおり、聖徳太子という名は死んでからつけられたもので(これを諡号という)生前は厩戸王子と呼ばれていた。用明天皇の子で、日本初の女帝である推古天皇の下で593年摂政に任じられ皇太子として国政を司り任那奪回のための新羅出兵、冠位十二階や17条憲法の制定、遣隋使の派遣など数々の改革を成し遂げ、天皇を中心とした中央集権国家の礎を築いた人物とされている。

冠位十二階とは徳・仁・礼・信・義・智など儒教の徳目で分けられたもので、家柄によって身分が決まる氏性制と違い、個人の能力によって地位を決めるもので昇進も可能な制度。また、17条憲法は、相争う豪族たちに臣下としての心構えを示したものだ。

ちなみに、第1条の「和を以って尊しとなす」とは、争うことをせず話し合えば物事は解決する。第2条の「篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり」、第3条「詔(天皇の命令)を承りては必ず謹め」・・と続くが、和が第一条にあるのは仏教の教えよりも、また、天皇の命令よりも話し合いを大切にしなさいと云っている。(次回に続く)

投稿者 ryokudo : 2008年12月29日 16:00

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