« 2009年02月 | メイン | 2009年04月 »

2009年03月27日

太陽光発電(No.3)

.............................................................................撮影:故屋岡町 川原
太陽光発電003.jpg
故屋岡町、杉本さんの作業所の屋根に設置されているソーラーアレイ

<太陽光発電 一口メモ>                 (前回の続き)
新エネルギー法に指定されているものは太陽光や燃料電池、風力など14種類がある。その中でも無尽蔵にあるのが太陽光エネルギー。地球全体に照射されている光エネルギーは利用可能な量だけでも世界のエネルギー消費量の50倍と見積もられている。

2004年まで太陽光発電の累計導入量の世界一は日本だった。しかし、2006年にドイツが3,000MWを超えて第1位になった。これは、自然エネルギー促進法がきっかけとなり急速に普及したためである。そして、アメリカのオバマ大統領も太陽光発電、風力発電、電気自動車を21世紀のニューディール政策として大々的に進めるという。

環境負荷の少ない太陽光発電にも弱点はある。現在、1kwの発電に60~70万円の設置コストがかかることだ。普及には、ドイツのように補助金制度や余った電力を高く買い取るための法的整備が待たれる。

太陽光発電は、離島や砂漠など送電システムが未確立な地域でも有効的であり、21世紀は発電所での集中型発電から消費地域での分散型発電に移行し、わが家で使う電力は我が家でつくる時代がやってくるだろう。先の西尾さんはその先駆者である。(終り)  
 
(参考文献:山本良一監修「クリーン発電」がよくわかる本など)

投稿者 ryokudo : 09:50 | コメント (0)

2009年03月16日

太陽光発電(No.2)

........................................................................撮影:奥上林 故屋岡町
太陽光発電001.jpg
西尾さんの家に設置されている太陽光発電用の電力量計

<太陽光発電 一口メモ>                (前回の続き)
地球と太陽の距離1億5,000万キロメートル。46億年前から、この遥かなる空間を8分20秒間旅して太陽の恵みが地球へとやってくる。植物の光合成をささえ、二酸化炭素(CO₂)と水から酸素と炭水化物をつくり、3,000万種もの生命を育んでいる。

その生態系の頂点に君臨する人類は、文明を高めながら進化し、1804年に10億人だった地球の人口は、たった200年で55億人も増え、現在では65億人に達した。豊かなライフスタイルを得る代償として1989~1998年の10年間に毎年63億トンのCO₂を排出し、地球温暖化により海水の膨張や害虫の生息地域の広がり、氷河の減少、洪水や干ばつなどの異常気象を含めて様々な環境問題を誘発してきた。

1997年発行の京都議定書はCO₂を含め6種類の温暖化効果ガスの削減を約束し、1990年を基準として先進国全体で5.2%という数値目標が設定された。日本の目標は6%だが、2003年までに8%増加したので2012年迄に14%の削減が必要だという。

日本における温暖化効果ガスの排出量の90%はCO₂が占め、その内の90%以上がエネルギーを作るときに排出するCO₂だ。環境負荷の少ない太陽光発電のライフサイクル排出量(CO₂換算)は石炭火力の18分の1、石油火力の14分の1である。(No.3へ続く) 

(参考文献:山本良一監修「クリーン発電」がよくわかる本など) 

投稿者 ryokudo : 15:08 | コメント (0)

2009年03月06日

太陽光発電(No.1)

.................................................................................撮影:奥上林 睦寄町
太陽光発電.jpg
故屋岡町、西尾さんのお家に設置されているソーラーアレイ

奥上林故屋岡町にある西尾電気さんのお家には24枚の太陽電池モジュールが設置されていて日々、太陽光発電を行っている。この装置を設置されたのは10年前、電気が得意で大好きなことから太陽電池モジュールや電力量計、パワーコンディッショナーや分電盤、それに屋内外の配線などのすべてを自分で取り付けたと云われる。

仲井鉄工所に依頼した足組み工事を含め、この装置一式の総費用は330万円、当時は30%の補助金が得られたそうだ。設備容量は 2.9kw、10年間の総発電量は24,000kwにもなるが、天候不順の多い上林では発電量が少なく設備費用の回収はまだまだ先とのこと。「採算を考えたらこんなものつけられないよ」と一笑される。

昭和22年、京都の大学を卒業して電力会社に入社したが、会社の工事用装備は危険な作業に見合ったものが少なく、これでは命が幾つあっても足りないと感じて綾部に帰り、内線工事の資格を取られた。市内で7人目の有資格者であったという。

そして、昭和28年の台風13号で生まれ故郷の上林が大きな被害にあったことから帰郷し、復興に携わりながら地域の需要に応えて来られた。電気工事を始め、水道やガス、井戸の設置など生活に関する様々な仕事をされており、この地域ではなくてはならない技術者である。我が家でも、電気や水道などの修理に度々来て頂いている。 
(No,2へ続く)

投稿者 ryokudo : 10:53 | コメント (0)

卓球大会

...............................................................撮影:故屋岡町 奥上林公民館
卓球大会.jpg
和やかな雰囲気の中にも、真剣な表情で勝負する参加者

2008年度、奥上林公民館行事(熊内輝夫館長)の最後を飾る卓球大会が2月15日、天候に恵まれた日曜日、18人の愛好者を集めて賑やかに行われた。これは、奥上林公民館の体育部(木船彰部長)が主催するもので、14~15年前から毎年行われている。

1回戦は、6人づつが3組に分かれて対戦し、各組の上位2名が勝ち抜ける。そして、6名がトーナメント方式で戦い、3回勝てば最後の勝者となる。この日は、主催者である公民館体育部副部長の西山道男さん(写真右)が優勝の栄誉を勝ち取った。2位は白井知弘さん、3位は岩上文子さんであった。

雪深い上林の冬季のスポーツは、ほとんど室内競技に限られるが、ここにも卓球同好会があって練習日には愛好家が集まり、冬期も熱心に練習に励んでいる。適度な運動は気分転換にもなり親睦の場としても欠かせない。何より、春先から始まる農作業の体力づくりにもなる。今後とも参加者が増え、継続されることを願っている。

<卓球 一口メモ>
現在の卓球の始まりは、1898年にイギリスのジェームズ・ギブが雨のためテニスが出来なくなったことから、室内でセルロイド球を用いて、子牛の皮を張ったラケットで打ち合ったからだという。この時、彼の友人がセルロイド球を打った時の音からピンポンと名付けたそうだ。


投稿者 ryokudo : 10:49 | コメント (0)