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2009年08月21日
世紀の天体ショー皆既日食(No.2)
.................................................................................撮影:睦寄町 山内

(No.1の続き) 山内自治会 公民館 床の間の掛け軸
「後漢東夷伝」によると、桓帝(AD147~167)と霊帝(AD168~189年)の治世の間、倭国は大いに乱れ、激しい内戦状態にあった。そして、鬼神道に使える卑弥呼が出現し、人々はこれを「共立」して王にしたとある。 小国家連合国 邪馬台国の女王誕生である。その倭国騒乱の原因がAD158年に起きた皆既日食にあるという。そして、太陽信仰が生まれ、その化身として卑弥呼が女王として君臨したとも・・・・。
時代は下って「魏志倭人伝」は伝える。倭の女王卑弥呼と狗奴国の男王卑弥弓呼とは平素から不和であった。それゆえ倭国は載斯鳥越を帯方郡(朝鮮半島にあった魏の出先機関)に派遣して、狗奴国との戦闘状況を報告させた。これに対して塞曹椽史の張政を派遣した。邪馬台国に赴いた張政らは書状と軍旗を難弁米(卑弥呼の家来)に授け、ついて檄文を作って教えを諭した。・・・して、卑弥呼は死んだ。
AD248年の皆既日食により、太陽を神と崇める国、邪馬台国は狗奴国との戦闘で大敗北した。太陽の化身である女王卑弥呼は霊力の衰えを指摘され、魏国(中国)から派遣された張政に諭され、その責任をとって殺された。ここから日本書紀が伝える「アマテラスの岩戸隠れ」の神話が生まれたという。大和朝廷は天照大神(アマテラス)を祖先神と崇めるが、邪馬台国の女王卑弥呼がそのモデルだとも・・・・。
詳しくは井沢元彦著「逆説の日本史」を参照願いたい。
あやべ温泉に隣接する山内自治会の公民館の床の間には「天照大神」を祀る掛け軸があり、筆者は行事の度にそれを眺めながら古代に想いを馳せている。日本の古代史には謎の部分が多いというが、それだけにロマンを感じさせてくれる。次回、日本での皆既日食は26年後に起きるそうだが、筆者はこの世にいるだろうか。(おわり)
投稿者 ryokudo : 2009年08月21日 17:36