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2009年10月31日
河牟奈備神社1300年祭
.....................................................................撮影:口上林 名畑町 大宮

久保宮司により1300年祭の儀式が行われた河牟奈備神社
今、上林のあちこちの神社で五穀豊穣などを祈願して秋祭が行われている。ここ、口上林名畑町大宮にある河牟奈備(かむなび)神社では、10月12日の晴天に恵まれた秋空の下、創建1300年祭が盛大に開催された。
きれいに清掃された境内で大勢の参拝者が見守る中、四方市長など多数の来賓を招いて開催され、久保宮司により厳かに祭事が進められた。式典の後、氏子総代の永井忠之さんは「子供たちが、道路から神社に向かって会釈してくれているのを見るとたいへん嬉しい。是非、次の世代に受継いで行きたい」と挨拶されていた。
綾部市内にある97神社の内、式内社といわれる神社は12社ある。近隣では唯一の式内社である河牟奈備神社は第43代孝明天皇の和銅2年(709)に創建され、天下春命(あめのしたはるのみこと)を祭神として伊根町を中心とした八ヶ村の氏神で、鎮座地は今も大宮と呼ばれている。
神社は、神道の信仰に基づいて作られた恒設の祭祀施設。昭和21年に創設された伊勢神宮を本宮とする神社本庁には8万社の神社が登録され、そこには八百万の神々が祀られている。万葉集と出雲国風土記には「かんなび」で神を祀ることがみられるが、「かんなび」とは神のなばるところ、神のおられる神聖なところとみられ、神聖な場、森、山などをさしての語であるという。名畑町大宮の河牟奈備(かむなび)山の麓にある河牟奈備神社の名称の由来と関わりがあるのかも・・・・。(参考文献:日本大百科全書)
投稿者 ryokudo : 15:11 | コメント (0)
2009年10月17日
上林の合同体育祭
.............................................................................撮影:中上林 八津合町

渾身の力をこめて綱引きをする奥上林チーム(黄色)
秋晴れに恵まれた10月11日の日曜日、奥・中上林の合同体育祭が上林中学校で行われ、参加者は2年ぶりのグラウンドで自慢の足を競い合った。これは、5年前に奥上林小学校が廃校となった後に新設された奥・中上林地域振興協議会が2年に1回合同主催するもので、今年で第3回目を迎えた。
小・中学校の生徒と大人を交えた合同体育祭は、午前中18競技、午後は9競技が行われ、地区別に編成された参加4チームが得点競技6種目の合計点で順位を決める。奥上林チーム(黄色)と五津合・五泉チーム(赤色)が優勝を争ったが、最後は綱引き(写真)とリレー競技で差をつけた赤色チームが2連覇を達成した。
丁度、奥上林小学校が廃校となった5年前にJターン帰郷した筆者も、いまでは公民館と自治活動に奔走の日々である。毎月7~9回の会合と行事を行いながら、この体育祭も事前準備やテント設営、終了後の片付け、そして、温泉勤務と大忙し。その合間を縫って、カメラマンとして写真撮影を行って主催者へ提供したり、休日などを利用してブログ取材や原稿を書いたりしている。
21世紀は田舎の時代とも言われるが、急激な工業化で都市に集中した人口が田舎へ戻ってくるのは何時になるだろう。過疎と少子高齢化が進む中、そこに住む住民にとっては日々が真剣勝負でもある。次世代を担う若者たちの声が、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる日が来ることを信じながら・・・・。
投稿者 ryokudo : 17:33 | コメント (0)
2009年10月09日
洞峠の風にふれあう交流会
...................................................................撮影:睦寄町 古屋(ほら峠)

洞峠の頂上で記念写真を撮る参加メンバー
秋空の晴天に恵まれた9月27日の日曜日、「第12回 洞峠の風にふれあう交流会」が開催され、綾部市古屋と南丹市洞からの登山者が洞峠で1年振りの再会を果たした。今回の参加者は総勢60名、初めての人もいるが、事務局や自治会長などの役員は毎年のように参加しており顔見知りも多い。
この交流会は主要地方道綾部美山線開通促進協議会が主催するもので、今年で12回目を迎えた。両市の人や文化の交流はもとより、行き止まりになっている道路を開通させるという大きな願いを込めてのデモンストレーションの場である。昨年は、両市の代表者が京都府庁を訪れ、山田知事に車道開通の陳情をしている。
洞峠は、古屋と洞の境にあって標高は650m、北東の頭巾山(871m)と南の長老ヶ嶽(917m)が連なる尾根を越す峠であり、古屋からは国道162号に通じる京都への最短距離にある。この峠を人々が往来した歴史は古く、丹後・若狭と山城・大和の中間に位置し、京都に都ができる以前からとも云われている。
何鹿郡と桑田郡の人的交流は深く、今も血縁関係にある人も多いが、冬季は積雪による人家や道路への影響が大きく、車道としての開通が切望されている。洞峠での昼食の後は美山町洞へ下山し、地元で収穫したそば粉を使ったそば打ち体験をして試食した。別れに際し、来年の峠での再開を約束して帰途に着いた。
投稿者 ryokudo : 14:01 | コメント (0)
奥上林地区の敬老会
............................................................................撮影:奥上林 故屋岡町

上原綾部副市長から米寿の祝いを受ける植山さん
平成21年度、奥上林地区の敬老会が20日の日曜日に開催され、来賓をはじめ多くの方から長寿の祝いを受けた。奥上林の対象者(70歳以上)は356人、その内80歳以上は31名、最高齢は91歳であった。ちなみに、私の母も88歳で米寿の記念品に座布団を頂いた。
これは、奥上林地域振興協議会が主催するもので、挨拶に立った熊内輝夫協議会会長は「いつまでも健康で元気に過ごしてください」と励ました。そして、京都府知事など来賓の祝辞に続いて、上林小学校生徒代表3人の作文発表があり、岩鼻長務老人会会長がその原稿を受け取った。そして、小学生による合唱と若鮎太鼓の演奏、また、大正琴や上林中学校の生徒による合唱などで式典を盛り上げた。
昼食を挟んで午後は、野々垣圭さんの歌や(株)水夢の指導による健康体操、また、京都市内の円山公園で旅館を経営し、睦寄町で「あやべ吉水店」を開業した吉水一座がハーモニカ演奏や落語を披露した。最後は、主催者である自治会長と女性部、そして、老人の皆さんも一緒になって炭坑節を踊り、敬老会は賑やかに幕を閉じた。
奥上林地区の人口は約600人、70歳以上の方は356人で敬老化率は60%。これは、市内でも最も高く、次世代を担う若者が少ない中では、農地の維持は勿論、冠婚葬祭や自治活動など様々な行事運営に大きな影響がある。今、綾部市と奥上林自治会連合会が進める定住促進は、獣害対策と合わせて急務の課題と云える。
投稿者 ryokudo : 13:41 | コメント (0)
2009年10月05日
二王公園のバラ
..............................................................................撮影:睦寄町 二王公園

彩り豊かなバラの手入れをする二王公園メンバー
「バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが・・・」と歌われる彩り豊かなバラが、二王公園のバラ園で満開に咲き、この地を訪れる人々を楽しませている。平地には木立性、傾斜地には蔓性・半蔓性バラなど40品種、40株が植えられており、雑草が茂るなどして寂しかった駐車場の南側はすっかりと様変わりし、見違えるほど綺麗になった。
バラは、アブラムシやハダニなどの虫が付きやすく、また、黒点病やうどん粉病にもかかり易いことから消毒や花がら摘み、枯れ葉・害虫の除去など毎日のこまめな手入れが欠かせない。これらは、桑谷支配人(写真左)を中心に二王公園メンバーが懸命に世話をしている。
このバラは、昨年の秋に綾部商工会議所から頂いた。観光振興の一環として市内の集客力のある施設で植樹されており、上林のような雪深い地域での生育に期待されている。花の形と鮮やかな色合いはバラの持つ大きな魅力、赤色は「情熱」、白は「純潔」、ピンクは「上品」と花言葉も多彩だが、もし、貴女が彼との別れを望むなら小輪の黄色いバラを送るとよい。
<バラ 一口メモ>
バラは、北半球の温帯域に広く自生しており、チベット周辺、中国の雲南省からミャンマーが主産地で、ここから中近東やヨーロッパ、また、極東から北アメリカへ伝播した。世界には120品種あるが、南半球には自生していないという。(参考文献:フリー百科事典『ウィキペディア』)