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2009年11月22日
写経の会(No.1)
.............................................................................撮影:睦寄町 光明寺

太陽の光を明かりに、熱心に筆を走らせる参加者
秋晴れに恵まれた11月5日、君尾山光明寺の本堂において第5回「写経の会」が開催され、各地から参加した12人の参加者は熱心に筆を走らせた。これは、あやべ温泉など上林に点在する6施設を運営する(株)緑土(矢野正彦代表)が10周年記念行事の一つとして主催している。
テキストは、「般若波羅蜜多・・・・・」で始まるたった262文字のお経「般若心経」。本尊である千手観音の前に香をたき、木製の大きな扉を開けて太陽の光を取り入れた窓際で行う。冷ややかな晩秋の風が頬を撫でる何とも心地よい本堂である。写経をとおして仏と向き合うわけだから集中できる静かな環境を提供するのは開催責任者である桑谷支配人の演出でもある。
写経は古来からの約束事で、1行17文字で構成されており、本文の262文字を1時間ほどかけて筆を走らせ、最後に奥題と日付、名前を書いて仕上げる。書き上げた写経はまとめて光明寺へ奉納する予定だという。継続することで集中力と忍耐力がつき、心が清浄になって安心の境地が得られ、自然の治癒力が向上するとも云われる。
写経といえば、数年前に亡くなられた睦寄町鳥垣の熊内正義さんを思い出す。18年かけて3万枚を書き上げ、1万枚ごとの区切りの写経が八津合町の上林禅寺に奉納されている。2~3千枚は苦にならないが、1万枚を書き上げるにはかなりの根気がいると云われる。筆者もあやべ温泉の売店で写経の手本と用紙を購入しているが着手すらできていない。来年は、この「写経の会」に入門し、少しは仏の教えを学ばなければと思う。(次回へ続く)
投稿者 ryokudo : 08:26 | コメント (0)
2009年11月16日
こんぴらさん(建田宝永講)
...............................................................................撮影:口上林 武吉町

沢山の参拝者で賑わう坂田家の金毘羅講
秋晴れに恵まれた11月8日(日)、口上林武吉町坂田光生さんの家において「こんぴらさん(建田宝永講)」が行われ、市内外から大勢の参拝客で賑わった。「こんぴらさん」は、口上林の武吉町、佃町、忠町の三町区を毎年輪番で回り、講元の家で1年間ご神体をお祀りするという全国的にも非常に珍しい形で引き継がれている神事である。
今から300年前、時の藩の圧政に耐えられず、武吉、佃、忠の三ヶ村の村民がその窮状を打破するにあたって江戸幕府に実情を直接訴えるため当時、唯一集まりが許されていた神仏の崇敬講の金比羅講の名のもとに集い、三名の若者を代表に選び直訴の決行を決めた。直訴には於与岐村の幇家吉崎家から旅費の供与を得ると同時に、出国直後には迫る追っ手から逃れ、逃げ込んだ和知村大簾の人々の協力を受け、また、道中数々の幸運にも恵まれ、極めて困難な直訴が奇跡的に成功した。
直訴を成し遂げた三人の帰りを迎える村人達は国境の峠、いなば坂まで出迎え、その労をねぎらうため大根、柚子、唐辛子の生切れの肴で心尽くしの宴をひらいた。そして、藩の追及の手が若者たちに及ぶことを恐れ、地元に帰ることなく潜伏して生活することを断腸の思いで伝えると同時に、三人の偉業を子々孫々に至るまで顕彰し、合わせて神のご加護に感謝するため、以後1,000年間「金比羅講」を続けることを約束したという。(参考資料:建田宝永講「こんぴらさんのお話」)
民主主義が発達し、政治体制が進んだ現在では、考えられないようなことではあるが、三人の若者が命がけで成し得た行為は勿論、若者たちとの約束を300年経った今も、忘れずに引き継いでいる三ヶ村の人たちに頭が下がる思いである。