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2010年07月31日

川まつり

.............................................................................撮影:口上林 十倉向町
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河川敷での川まつり風景

梅雨が明け3連休中日の18日、十倉向井町の河川敷において口上林最大のイベントである川まつりが行われ、参加者は猛暑の一時を上林川で満喫した。これは、口上林川まつり実行委員会(川端勇夫委員長)が主催するもので、今年で第15回目を迎えた。

上空に鯉のぼりが舞う会場では、るんびに学園の太鼓演奏のあと午前10時に開催宣言が行われ、ハワイアンバンドとフラダンスが会場を盛り上げた。また、子供たちは特設の川に放流された600匹の魚つかみに熱中し、捕獲してビニール袋に入れた鮎とウナギを誇らしげ見せ合っていた。

気温がぐんぐん上昇した昼には自治会対抗の丸太早切り競争が行われ、参加者が直径30cm近い杉の丸太を切り落とす頃には顔から汗が流れ落ちていた。また、模擬店では鮎の塩焼きやカレーライスなどが10数軒並び出店者はランチタイムには大忙しだった。

川まつり一番の出し物はやはり会場へ行くのに乗るボートだろう。5~6人乗りの小さなもので、向こう岸から人が引っ張る簡単なものではあるけれど川まつりに相応しく中々風情がある。少子高齢化が進む上林ではあるけれど、祭りには沢山の子供たちが参加した。6月の奥上林二王公園まつり、中上林の蛍まつりに続いて行われた上林3大祭りの1つである口上林の川まつりは大盛況の中で過ぎていった。

投稿者 ryokudo : 15:18 | コメント (0)

2010年07月25日

薬草教室

........................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉
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サンプルを示しながら説明する京都薬科大学の松田准教授

あやべ温泉二王館を利用して第11回薬草教室が開催され、参加した50人近い受講者は90分の講義を熱心に傾聴した。これは財団法人綾部市みどり公社が主催するもので二王館ができてから毎年実施されている。講師は京都薬科大学生薬学分野の松田久司准教授で、ここ数年は毎年来館され講義をして頂いている。

午前中は「食べ物にくすりのルーツを探る」と題して薬食同源と陰陽五行説について多くの薬草サンプルを提示しながらその種類と効能について詳しい説明があった。また、粗食は長寿を阻むとのことで動物と植物性のタンパク質と油脂をバランスよく摂取することが長寿の秘訣だとも云われる。

昼食は薬膳料理。講義の中で説明のあった食材もふんだんに使われていた。その後、温泉の横にある薬草公園を全員で見学。綺麗に整備された公園には薬草89、薬木95種類が植えられており、それらを目にしながら薬効などについての知識を学んだ。

ちなみに、医食同源という言葉は日本で生まれたもので1972年NHKテレビ今日の料理という番組の中で使われたのは始まりだという。薬(生薬)も食も同じ源。バランスのとれた食材を美味しく食べて日常の食事で病気を予防すること。陰陽五行にも中国4000年の歴史が詰まっているが、日常の食生活の中で実践するのはなかなか難しい。

投稿者 ryokudo : 15:58 | コメント (0)

清流の魚たち(No.3)

....................................................................... ......撮影:奥上林 睦寄町
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(前回の続き)             上林川に泳いでいたハヤ

骨にはマグネシウムやリン、硫黄、亜鉛、鉄など生命にとって必要なミネラルが含まれている。これらの成分は海水に多く含まれているものであり、骨は豊かな海の代わりなのだ。骨という海を持ったケイロレビスは川の王者となって生き残り、清流の魚たちは全てこの子孫でもある。そして、陸に住む私たちの背骨もケイロビクスから受け継いだ物だという。

ところが、こうした魚たちとは全く違う生き方を選んだ魚がこの時代に登場している。デポン紀前期の海に出現し、ケイロビクスと同じように背骨を持ったユーステノプテロン。この魚は4枚のヒレに7個の指のような骨を持ち、湖の岸に近いところや浅い場所に住みながらヒレをまるで手のように使って植物をかき分けながら動き回り餌を捕獲していたそうだ。

また、水中の酸素不足を補うための肺をもち、空気中の酸素を利用していたとも考えられている。ユーステノプテロンから1千万年の後、初めて陸に上がったのが先のイクチオステガである。このイクチオステガの偉大な第一歩によって私たちへ繋がる動物の歴史が始まった。(参考文献:「生命 NHKスペシャル40億年はるかなる旅」の2巻「魚たちの上陸作戦」)

地球上の3,000万種とも云われる生命は、様々な分野の専門家によって進化の姿が明らかにされ、NHKスタッフの方々により体系化された情報として発信されている。歴史は知恵の宝庫ともいわれ、過去を知ることは現在を知り、そして、未来を予測することに繋がるとも・・・。科学の発達によって神の領域は狭まり地球の真実の姿が明らかにされつつあるとも云える。(終)

投稿者 ryokudo : 15:44 | コメント (0)

2010年07月18日

清流の魚たち(No.2)

.....................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉
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(前回の続き)          あやべ温泉の水槽の中で泳ぐアマゴ

今から3億6千万年前、初めて陸という未知の世界に挑んだ生命がいた。陸上動物の祖先イクチオステガという現在のサンショウウオによく似た魚類だ。

最古の魚は、今から4億6千万年前のアランダスビスというヒレのない泳ぎ方が不安定な魚であった。この時代、海の王者はオウムガイであり魚類などを捕獲し、食料としていた。そのため、アランダスビスはオウムガイなどの天敵から逃れるために川という新しい世界を目指して進化していった。

しかし、海で生まれた生命にとって塩分濃度の低い川は危険な場所であり、簡単に済める場所ではなかった。そんな中、河口に住みながら腎臓を発達させ、身体に入った余分な水を血液からしぼり出し、塩分濃度の違いを克服したのが4億年前に登場したプテラスピス。

そして、沼や急流など様々な河川の環境の中で進化した魚類は3億9千万年前、背骨を持ったケイロレピスという魚が現れた。この魚は骨の他に泳ぎをコントロールする2枚の胸ビレと腹ビレをもち、獲物を捕らえるアゴと鋭い歯を持っており、今の魚と同じ特徴を備えていたという。

骨は筋肉を支えるだけでなくミネラルの貯蔵庫という役割がある。特にカルシュウムは生命の活動に欠かせないものであり、神経の働きや心臓の筋肉が動くためにはなくてはならないもので、カルシウムが不足すると生命にとってはたいへん危険な状態になる。カルシウムが不足した時は骨から溶け出して補給するそうだ。(次回へ続く)

投稿者 ryokudo : 09:24 | コメント (0)

2010年07月12日

清流の魚たち(No,1)

.................................................................................撮影:睦寄町 山内
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山内川で釣り上げたモトクソ

この地方では、我輩をモトクソと呼んでいる。天敵の少ない河川の上流付近の水の綺麗な場所を住処としているが、ここは食料に乏しいことから川虫や川面を飛ぶ虫など食べられるものなら大概のものは選り好みなしに食べることにしている。特に、瀬虫やミミズは大好物である。

あやべ温泉の近くを流れる山内川にも沢山の仲間がいて、天気の良い日には川の溜まりに集まって日光浴を楽しんでいる。しかし、そんな日は近所の人間の子供たちが魚釣りに来ていることがあり、針のついた餌につられて飛び出した仲間が真っ先に吊り上げられていく。

また、ときどき空から白鷺が舞い降りてきて長い口ばしで突くので油断ができない。しかし、何といっても一番の天敵はオオサンショウウオだ。気持ちよく泳いでいると岩陰から突然とび出して来て大きな口でパクリとやられてしまう。彼に狙われたら流石に俊敏な我輩もひとたまりもない。

上林川のあるイセキの下には20匹近いサンショウウオがいて、夜になると餌を求めて彼方此方を徘徊し、我々の仲間を食べているという。上林川にはすっかり魚が少なくなったと漁業組合の人々は嘆いている。

さて、魚にちなんで古代に海から川に上がった魚類の歴史を紐解いてみたい。これからの話は小学館発行「生命 NHKスペシャル40億年はるかなる旅」の2巻「魚たちの上陸作戦」を紹介しながら魚類の進化について話を進めて行きたい。

投稿者 ryokudo : 09:18 | コメント (0)

紫陽花

................................................................................撮影:睦寄町 山内
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梅雨に映えるアジサイ

梅雨の時期に咲き、雨に映える花と言えばやっぱりアジサイだ。府道1号線をドライブしていると彼方此方の家の庭先に咲いているのが目に飛び込んでくる。うっとうしい梅雨の時期、清楚で可憐なこの花を見ると心が和むのは私だけではないだろう。

小さい花弁が集まって1つの花房をつくり、それが集まって一株の大きな形を保っている。これは、海の中で小魚が天敵から身を守るために集まって群れをつくり、大きく見せているのと似た感じがする。目立つことで昆虫などを呼び寄せているのかも・・・・。

アジサイは3~5弁のガクの集まりで、本当の花はガクの中心にできる小さなもの。また、アジサイの名所は寺を中心にあちこちにあるが三重県津市のあるゴルフ場には56種類、7万5000株が植えられているという。(フリー百科事典Wikipedia参照)

<紫陽花一口メモ>
原産地は日本。花言葉は強い愛情、移り気な心、家族の結びつき。花の色は土壌のPH濃度などによって様々に変化するので「七変化」とも呼ばれている。日本は火山国で酸性土壌が強いことから原産の最も古いものは藍色。アジサイの名は「藍が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものだという。

投稿者 ryokudo : 09:13 | コメント (0)

2010年07月04日

老富町の薬師如来祭り(No.3)

...........................................................................撮影:奥上林 老富町
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前回の続き          大唐内にある薬師如来像を祭る薬師堂

<薬師如来一口メモ>
薬師如来は阿弥陀如来の西方極楽浄に対する東方浄瑠璃世界の教主。左手に薬壺をもち、右手に施畏印を結んでいる。その名のとおり医薬を司る仏で医王という別名があり衆生の病気を治し、安楽を与える仏とされている。

古来より現世利益を願う人々の信仰を集め、中国では5世紀、日本では8世紀以後、薬師信仰が広く行われるようになった。通常、左脇に日光菩薩、右脇に月光菩薩を侍する三尊形式で安置される。この仏は菩薩であった頃、十二の大願を立てたとされ、その七番目の願いに「病のものも私の名前を聞けば患いが除かれる」とあって、これが薬師信仰の根拠といわれている。

ご承知の通り、仏教は飛鳥時代(538年)、百済の聖明王の使いで訪れた使者が欽明天皇に釈迦如来像や経典、仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりとされている。仏像は仏教における信仰礼拝の対象であり、仏教の教義や世界観を伝えるためのもので、一般的に①如来、②菩薩、③明王、④天部、⑤その他(羅漢・祖師・高僧など)の5種類に分類されている。

ちなみに、あやべ温泉と君尾光明寺のある山内自治会には、薬師如来、文殊菩薩、不動明王、金剛力士、聖徳太子・空海の5種類の仏像の全てがある。綾部市の1つの自治会で5種類の仏像が揃っている地区はそう多くはないだろう。(終り)

投稿者 ryokudo : 13:41 | コメント (0)

2010年07月03日

老富町の薬師如来まつり(No.2)

...............................................................................撮影:奥上林 老富町
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(前回の続き)         薬師如来像に祈願する地域の参加者 
             
村の再生には多くの知恵と努力がいる。行政支援の取り組みに前向きな人々が積極的に活動し、一歩を踏み出した。地域の現状に危機感をもち、活性化に取り組んだ水源の里の活動により村の人たちは元気になり、今では生き生きと頑張っておられる。きっと、やれば出来るんだという大きな自信と希望を得られたことと思う。

農林業の衰退により急速に過疎と高齢化が進んだ。一方、空き家が増え都会から移住して来る人たちも結構おられる。陶芸家のトレーシー・グラスさんは移住して20年になる。気さくで陽気なカナダ・トロント出身の女性だ。また、昨年4月には市営住宅が建設され、2世帯11人が移住している。

ご主人は2人共あやべ温泉の姉妹施設に勤務し、それぞれ元気に頑張っている。カザフスタンから来たプルマンさんは二王公園で、また、6人の子供を持つ橋本さんは二王館でホテルマンとして接客を担当している。地元の人たちは、数十年振りに子どもの声を聞いたと大喜びだ。

地域にとって過疎化は危機ではあるが、都会の人たちを迎えるチャンスでもある。育った環境が違うことから価値観や感性が異なり、年齢差もあるけれど、それらを乗り越えて融合し、新しい地域づくりを目指してほしいと願うばかりだ。(次回へ続く)

投稿者 ryokudo : 09:13 | コメント (0)