2008年06月29日
鮎の友釣り解禁
.............................................................................撮影:中上林 五津合町

アユ釣りの解禁日に、上林川で友釣りをする大入さん
今年も、川釣りファンが心待ちにしたアユの友釣りの季節がやってきた。6月22日、口上林忠町の上林川では大勢の釣り人が竿をのばし、アユとの格闘を楽しんだ。しかし、昨日からの雨のため川が濁っていることもあって釣り果はもう1つだとも・・・・。
また、上流は水量が少なく、アユの餌となるコケの生育が不十分なことから魚が小さいとも云われる。朝から3時間ほど釣った大入さん(写真)の魚籠の中には10数匹のアユが泳いでおり、中には20センチ近い大物が混ざっていた。
大入さんはイノシシ猟とアユ漁を生業とされており、上林の河川や山のことにはたいへん詳しい。云わばこの道のプロである。9メートルの竿を操る姿は近寄り難いほどの雰囲気があり、タイミングを計りカメラのシャッターを押すには時間がかかる。
しかし、一度手を休め、アユ釣りのことに移ると話題は尽きることがない。このブログ原稿が書けるのも大入さんあってのもので、昨年に続いてお世話になっている。温泉へ来られる度にソファーに座ってジョークを交え、ウイットに富んだ話をして頂けるので受付けの女性パートナー共々お会いするのが楽しみでもある。
この冬、筆者の体調不良で実現できなかったイノシシ猟に来年こそは同行させて頂き、捕獲の瞬間をカメラに収めたいと切望しているところでもある。
投稿者 ryokudo : 15:26 | コメント (0)
2008年06月23日
ウコウッケイの雛
............................................. ...................................撮影:睦寄町 草壁

睦寄町草壁にある岡本さんの家の周辺には彼方此方に鶏舎があり、70羽程の烏骨鶏が飼育されている。数日前、その中の一羽から4匹の雛がかえり、ウロチョロと鶏舎の中を走りまわる姿がとても愛らしい。
4匹の雛は、まだ、他の鶏と一緒に外で遊ぶことはできない。雛がコツかれるからだ。そのため、この母子には1個建てのマイホームが与えられ、他の鶏と離して飼育されている。順調に育てば8~10ヶ月位で仲間入りできるという。今しばらくの辛抱だ。
岡本さんの家でとれた卵はあやべ温泉の売店で販売している。市価と比べて安価でもあり、入荷を心待ちにされている固定客の方も多い。烏骨鶏の卵はアルカリ食品のため血行を良くし、免疫力や自然治癒力を高める作用に優れていることから糖尿病や高血圧に効果的だとも云われる。健康を気にする年代の筆者も、一度は味わってみたいと思いワンパック購入した。食するのが楽しみである。
<烏骨鶏 一口メモ>
別名「錦糸鶏」鶏の女王といわれる烏骨鶏は中国江西省が原産地。日本へは17世紀、江戸時代の初期に伝えられた。その愛らしさから愛玩用として、大名をはじめ時の権力者や富豪などの間で飼育された。昭和18年には天然記念物に指定されている。
投稿者 ryokudo : 10:53 | コメント (0)
2008年05月14日
200才の枝垂桜
.............................................................................撮影:中上林 八津合町

上林禅寺に咲く樹齢二百数十年の枝垂桜
今年は上林の桜がたいへん綺麗に咲き、府道一号線を走る車の窓からは春の彩を満喫させてくれる。八津合町にある上林禅寺に咲く枝垂桜も一際あでやかに咲き、その優雅な姿は、観るものの心を引きつける。ここでは1ヶ月遅れの春の彩をお楽しみください。
この枝垂桜、一昨年の春に樹木医が手当てをされたことから元気に甦り、今年は写真のように見事な花をつけた。二百数十年に渡り春の彩を提供し、地域の人々にやすらぎと楽しみを与え続ける枝垂桜、大切に守り育て次世代に繋いで行ってほしい。
枝垂桜としては、円山公園で親子3代に渡って桜守りをされている佐野藤衛門さんの桜がよく知られているが、樹齢においては上林禅寺の桜が上回っておりその歴史を感じさせてくれる。上林が誇る枝垂桜である。
<桜 一口メモ>
桜前線のスタートは1月上旬に沖縄八重岳で咲くカンヒザクラ。ここでは、平野より早く山の上から咲き始めるそうだ。そして、本州の平野を駆け巡り、7月頃に南北アルプスや北海道の高い山で咲き、半年以上かけて日本列島を移動する。一本の木に咲く花の命は短いが、日本列島2,000キロメートルを半年以上に渡って咲き続ける花は他には少ないだろう。
投稿者 ryokudo : 08:51 | コメント (0)
2008年05月02日
オランダの香り
.................................................................................撮影:奥上林 睦寄町

風花ちゃんとチューリップを観賞する久恵さん
睦寄町に住む岩鼻貢さんのお家には沢山のチューリップが咲き、府道1号線をドライブする人たちの目を楽しませている。これは、ガーデニングが大好きな奥さんの久恵さんが丹精込めて育てておられるのもので、日当たりの良い玄関口には四季折々の花を観賞することができ、ときどき訪問する筆者もその美しさに見とれてしまう。
セキスイハウスの新しい家には西洋の花がとてもよく似合う。また、華やかな彩りは岩鼻家の家風にもよく合っている。人との交流を大切にされ、気さくで人情味があり、もてなしの気持ちの強いご家族の下には大勢の人が集まる。
岩鼻家では、年に数回、沢山の方々を自宅に招き、ご家族全員で接客されている。当日は、久恵さんが腕を振るったご馳走が食卓を飾り、深夜までお酒と食事とおしゃべりで盛り上がり、訪問者が帰宅するのは何時も日が変わっている。
筆者も、時々は飛び入りで招かれご馳走にあやかっているが、このような接客パーティーなかなか出来ることではない。岩鼻家のご家族の方々の人柄を知る上で象徴的な行事でもあり、チューリップと合わせて紹介しておきたい。
<チューリップ一口メモ>
世界的にはオランダが有名であり、各国へ輸出されている。日本で販売されている球根は、ほとんどがオランダからの輸入品。国花に制定している国はオランダ、ベルギー、トルコ、アフガニスタン。花言葉は「愛の告白」「失恋」など愛恋に関する言葉が多い。
投稿者 ryokudo : 14:51 | コメント (0)
2008年04月01日
早春の香り
.........................................................................撮影:睦寄町 あやべ温泉

「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」と服部嵐雪の俳句にも詠まれた梅の花。今年も、この可憐な花咲く季節が上林にも巡ってきた。あやべ温泉の敷地内には20数本の梅木があって日ごとに紅と白の花びらを咲かせており、公園内に入るとその香りが漂ってくる。
梅は、奈良時代以前、中国文化とともに遣唐使が薬木として中国(湖北省・四川省)から持ち帰ったもので、日本の風土によく合い、平安時代に広く普及したという。江戸時代には、沢山の品種の育成・改良が行われ、現在では300種以上あるとも言われる。
梅の名所は各地に多いが、その歴史から京都の北野天満宮がよく知られている。毎年行われる2月25日の梅花祭りには20万人の人手で賑わうそうだ。このブログを執筆するに当たり、久し振りに天満宮に参拝してきた。3月も終わりを迎え50種、2,000本の梅は遅咲きの一部を残し、多くの花びらが地上に舞っていた。
天満宮にちなんで、梅をこよなく愛した菅原道真の歌を一句
『東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ』
<左近の梅>
京都御所に「左近の桜」「右近の橘」が植えられている。この桜、もとは梅であったという。村上天皇の時代、火災で梅の木が倒れ、紀貫之の娘の梅を献上させたところ、娘が『勅なれば いともかしこし鶯の 宿はと問わば いかが答えん』と、梅との別れを歌にした。この歌に心をうたれた天皇は、梅を娘に返し、桜に植え替えたそうだ。
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2008年03月28日
ふきのとう収穫体験ツアー
.....................................................................................撮影:五泉町 市志

雪が解け、太陽の光が大地を暖め、植物が柔らかな新芽をだす季節となった。そんな晴天に恵まれた早春の1日、水源の里市志において「ふきのとう収穫体験ツアー」が催され、京阪神から20人近い野草食の愛好家が参加して山間の集落は賑わった。
これは、中上林八津合町にある市役所の出先機関である「綾部いきいきセンター」が、旅行会社に呼びかけ昨年3月から始まったもので、今年で2回目の開催となる。参加者は、地元農家の案内人がスコップで雪を掻き分けたところに芽をだす「ふきのとう」を見つけて採取する。手渡された袋いっぱいに採れた「ふきのとう」はオシタシや天婦羅にすると美味しいそうだ。
市志では、坂田さんが20数年前からフキ栽培をされており、「ふきのとう」の実を撒きながら少しずつ増やしていかれたそうだ。当時は、シカが来てフキを食べることもなく、畑の周囲を網で囲むことはなかったと言われる。
この地域は、昨年、綾部市が制定した水源の里条例の対象に指定された集落であり、高齢化率も高く、住民のほとんどが70歳以上だと言われる。この条例ができてからは都会の若い人が移住したり、マスコミの取材も増えて注目されることが多くなった。この日も毎日テレビが取材(写真)されており、近日に放映されるそうだ。
この後、ツアー参加者はあやべ温泉で昼食をとり、午後からは、口上林の黒谷和紙工芸センターで和紙づくりを体験した。最後に、中上林にある観光センターで「ふきのとう」の味噌づくりを行い、3上林にまたがる盛り沢山の体験ツアーは終了した。
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2007年09月16日
大地の呼吸
..............................................................................撮影:睦寄町 君尾山

9月9日朝6時、目を覚ますと家の前は一面の霧、飛び起きて裏山の君尾山光明寺(582)へ車をとばした。本格的な雲海の季節には少し早いが、木々が放出する水蒸気が朝日に照らされながら、ゆっくりと空へのぼっていく様子が眼下に広がっていた。いつ見ても神秘的で感動的な風景である。
上林は、川を挟んで両側は険しい山々が続き、面積の92%は山林に囲まれた自然豊かな土地。山々にはブナやナラ、カエデや栃の木などの紅葉落葉樹が繁り、木々の保水量も杉や檜などの針葉樹に比べると格段に多いという。
ちなみに、ブナも幹周りが3メートルを超える巨木になると20万枚の葉が繁り、そこからは毎日1トンの水を蒸発させる。そのままだと葉の表面は50℃にもなって枯れてしまうが、それを補うのが雨。森の中の木々たちは、その水分を取り合っており、たくさん取り込んだ木ほど長生きができるという。そして、取り込んだ雨水は木の幹を伝って流れ落ち、根に蓄えられていく。
<雲海 一口メモ>
山間部での放射冷却によって空気が冷やされ、その中の水分が霧となって一帯を多い尽くすことで、雲の海に山々が島のように浮かんでいるように見えることから雲海と呼ばれる。まさに大地の呼吸であり、毎年繰り返される大自然の営みでもある。
投稿者 ryokudo : 14:03 | コメント (0)
2007年08月25日
川遊び
..................................................................................撮影:奥上林 睦寄町

清らかで、ほど良い水量の上林川では、夏休みの子供たちが浮き輪や水鉄砲を持ち込み、キャアキャアと騒ぎながら水遊びを楽しんでいる。60数人の子供たちに事故がないようにと大人も川に入って見張りをする傍ら、子供の水鉄砲に追い掛け回されながら自分たちも結構楽しんでおられた。
8月5日、この日は京都市から来られて、青少年山の家に宿泊して頂いている社会福祉法人「桂川島児童センター」のお客様 74人。同センターでは、毎年このような企画をされ、同じ学区内のメンバーで夏休みの一時を楽しまれているそうだ。周囲を緑に囲まれた豊かな自然の中で、地域の人達が家族の枠を超え、楽しみを共有する中で連帯感を育まれている。
桂川島児童センターは小学校の児童たちを一時預かる組織。学校帰りの子供たちは同センターに立ち寄り、勉強したり、仲間と遊んだりしながら6時ごろまでを過ごし、親たちの迎えに応じてそれぞれの家庭に帰っていく。ご両親が共に外で働いている家庭ではここを利用されているケースが多いと云われる。
昨夜はキャンプファイヤーを楽しみ、何人かの大人の方々はあやべ温泉へも入浴に来て頂いた。また、この日の朝食は、銀紙に包んだパンを牛乳パックの中に入れ、それを燃やすことでホットドックを作られたという。川遊びの後はスイカ割りを楽しみ、真っ赤でおいしそうなスイカを頬ばっていた。桂川島児童センターの皆様方、来年も上林へのお越しをお待ちしています。
投稿者 ryokudo : 15:25 | コメント (0)
2007年08月13日
アユの友釣り(No.2)
......................................................................................撮影:口上林 佃町

<前回の続き>
友釣りは、1メートル四方を縄張りにするアユの習性を利用した日本独自の釣り方。川の流れに合わせて竿を立てたり、倒したりしながら囮が野鮎の縄張りに入り、喧嘩させるように仕向けるのが経験であり、技術だという。また、アユはエラの横にある真黄色の「追星」のあるものがよいそうだ。
そして、背中の肉が盛り上がり、肌の色艶のよいものが美味しい。上林川の中でも、上流に位置する奥上林の水は冷たくて透明度が高く、良質の苔が生えていることからアユも一味違うそうだ。そして、良質のアユは売らずに自分で食するとも云われる。
大入さんには、アユを釣りながらもブログ記事に配慮され、友釣りに関する様々な話しをして頂いた。また、撮影にも気を使ってもらったことから筆者の満足する写真がたくさん撮れた。したがって、この原稿は、すべて大入さんの話をまとめたものだ。
そして、何より、温泉に来られた時には声を掛けて頂けるのがうれしい。時にはソファーに座って色々な話を聞かせてもらえる。今回の取材もそんな中で快く引き受けて頂いた。また、狩猟の季節にはイノシシ狩りをされるという。もし、機会があれば、猟犬をつれたイノシシ狩りにも連れて行ってほしいと密かに願っている。
投稿者 ryokudo : 22:59 | コメント (0)
2007年08月06日
アユの友釣り(No.1)
...................................................................................撮影:口上林 佃町

ここ、上林川は友釣りの真っ最中。川の彼方此方のポイントでは多くの釣り人が真夏の太陽の下、アユとの格闘を楽しんでおられる。ここは口上林の佃町、この瀬の下流には大きな川の溜まりがあって、そこから次々とアユが上がってくるそうだ。
8月1日、この日は毎日のように温泉へ入浴に来て頂いている大入さんにお願いし、友釣りのブログ取材をさせてもらった。写真を撮っている間にも、わずか20メートル程の距離の間を行き来するだけで、20センチ近いアユが次々とタモの中に入ってくる。昨日も、4 ~ 5時間の間に30数匹を釣り上げられたそうだ。
大入さんの目標は、1日に20匹以上釣ること。良質のアユを求めて、兵庫県の大屋川や円山川、福井県の九頭竜川、そして滋賀県の安曇川などへも遠征される。しかし、友釣りは道具が高くつくのでなかなか採算は取れないという。この竿はなんと27万円、タモとウエットスーツは各5万円、ハリスはチタンの金属糸で4回分が6,000円、その他一式合わせると40万円もするそうだ。
竿は230グラムのカーボンロッド製。1日釣っていると10グラム軽いだけで疲れが随分違うという。昔は、ナイロンだったハリスも今は金属糸で30μと細く、水の抵抗が小さくて囮の弱りも少ない。囮は釣った野鮎を順次使っていくが、針の掛かるところは口か背中がよく、腹に掛かったアユはすぐに死んでしまうそうだ。(次回へ続く)
投稿者 ryokudo : 08:58 | コメント (0)
2007年07月23日
梅雨
.................................................................................撮影:あやべ温泉

7月20日を過ぎたが今日も雨。まだ、梅雨は終らない。日本は6月から7月中頃までは雨季(梅雨)を迎え、蒸し蒸しジトジトするこの時期は不快指数も高まるが、上林で農業を営むものにとってはなくてはならない水源でもあり、映画「雨に唄えば」の名場面のように雨を楽しむ方法を考えて行きたいものでもある。
雨の休日は、アジサイを眺めたり、音楽を聴いてゆっくりするのもよい。雨にまつわる歌は限りなくあるが、青春のころに聞いたカスケーズの「悲しき雨音」は大好きな歌。また、万葉集にも100以上の歌があるそうだが、その中から大伴家持の歌を一首紹介する。古人も、雨の日はすっきりしないものだという。
『ひさかたの 雨の降る日を ただ独り 山辺に居れば いぶせかりけり』
<梅雨 一口メモ>
梅雨は、チベット高原によってつくられるという。6月ごろ、偏西風はチベット高原にぶつかるコースをとる、すると、この風は南北2つの流れに別れ、日本の東海上で再び合流する。このうち北回りコースの風が低温多湿なオホーツク海高気圧をつくり、南回りコースの風は、太平洋高気圧からの高温多湿な南西風を日本に呼び込む。
偏西風の影響で互いに勢力を増した2つの気団が、しばらくの間、日本付近でつばぜり合いを始める。すると両者の温度差が雲を発達させ、梅雨の長雨をもたらすそうだ。(岩切洋一著:「地球のすべてが分かる本」より)
投稿者 ryokudo : 17:56 | コメント (0)
2007年07月10日
ツバメの子育て
........................................................................................撮影:あやべ温泉

前回に続いて鳥をテーマに四季の風景を取り上げます。
親ツバメが捕ってきた虫を3匹の雛が大きな口をあけて食べている。あやべ温泉の玄関軒下には、今年も親ツバメが雛に餌をやる姿が見られる。頻繁に餌を運んでくることから、疲れた時は玄関前に置かれた看板の上で一休みしているが、慣れたもので、入浴のお客さんが来られても逃げることはない。
温泉施設のあちこちの軒下には、昨年ここで育ったツバメが元気な姿で帰って来て、5月中頃から田んぼの泥を運びながら痛んだ巣を直し、卵を温めてきた。人が多く出入りする玄関は、天敵のカラスやヘビが近づくことの少ない一番安全な場所でもある。
ツバメの餌はカ、ハエ、アブ、ユスリカなどの虫を食べるが、子育て中に親が運ぶ回数は1時間当たり40回、1日520回にもなるそうだ。
<つばめ 一口メモ>
ツバメは東南アジアやオーストラリア北部から海面すれすれを飛びながら、餌をとり、水を飲みながら数千キロメートルの道のりを遥々やってくる。その飛行スピードは時速50km、最高200kmにも達するという。
4~7月の間に半数の親は2回の子育てを行い、日本で育った若鶏とその親達は、秋風が吹く季節になると1ヶ所に集まり、何千、何万という群れをなし、南の空を目指して旅立っていく。
投稿者 ryokudo : 16:48 | コメント (0)
2007年07月03日
白鷺
................................................................................撮影:故屋岡町 川原

濃い緑色の茂みの巣の中で、首を長くして親鳥の帰りを待つ2羽の白鷺の雛がいる。4月の中頃から巣作りを初め、何回も餌を運びながら大切に育て、まもなく巣立ちを迎えるほど大きく成長した。
ここは、奥上林 故屋岡町の川原。昨年10月、このブログでも紹介した黒毛和牛を飼育されている杉本さん宅のすぐ近く、川原橋そばの山から枝を伸ばした上林川の上空10m程のところだ。ヘビやイタチなどの天敵に襲われないための鳥たちだけの安住場所でもある。
橋の上から撮影していると、餌を運んできた2羽の親鳥が警戒し、上空を舞いながら遠くの山の中へ消えて行った。白鷺の餌は上林川や田んぼの中で生息する小魚、ドジョウ、カエル、サワガニや水生昆虫など。豊富な餌に恵まれて雛たちは順調に育ち、大人になってからも上林へ飛来し、来年もこの場所で巣作りをしてくれることを願っている。
<白鷺 一口メモ>
白鷺とは、白いサギ類の総称で、ダイサギ、チュウサギ、コサギを指す。シラサギというサギがいるわけではない。大きさや足指の色、冠羽の有無などで識別するそうだ。ちなみに、白鷺に由来するものとして、日本一の華麗さを誇る池田輝政の白鷺城(姫路城)や大和武尊を主祭神とする白鷺神社(栃木県)などがよく知られている。
投稿者 ryokudo : 14:08 | コメント (0)
2007年06月02日
藤の花
.............................................................................撮影:奥上林 睦寄町

藤はツルになって成長する道を選び、光合成に必要な太陽の光を他の樹木に巻きついて求めている。この季節、府道一号をドライブすると山の彼方此方に藤の花が艶やかな色で咲いているのが見られる。
写真は、府道一号から温泉街道を300m程入ったところの杉林の中に生息する藤の花。濃い杉の緑に対比して淡い紫色が鮮やかに映ることから、あやべ温泉を訪れる人々の中には、三脚を立て、カメラを構え熱心にシャッターを押している姿が時々見られる。
上林の山々の落葉広葉樹は新芽を出し、鮮やかな新緑の若葉に覆われてきた。そして、山から下りてきたウグイスやセキレイなどの小鳥のさえづりもあちこちから聞こえてくる。又、渡り鳥のツバメもそれぞれの家の玄関先の古巣へ巣作りにやってきた。
動物・植物・菌類を合わせた3,000万種ともいわれる地球上の生命の一部がそれぞれの環境の中で生息し、この山里でもその息づかいを感じさせてくれている。そして、藤の花の散る頃、上林の春は終わり蒸し暑い梅雨の季節を迎える。
「瓶にさす 藤の花ふさ みじかければ 畳の上に とどかざりけり」 正岡子規
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2007年04月28日
霊山 弥仙山(No.3)
...............................................................................撮影:綾部市 於与岐町

<改心の道 一口メモ> (前回の続き)
改心の道として知られる弥仙山の遊歩コースは、周回コースと中上林日置谷への道、そして、君尾山光明寺への3コースがある。写真はその於与岐町からの登山口だ。この「改心の道」の名称のもとになったのが君尾山の「てんぐの詫証文」という民話である。昭和52年京都新聞社発行の「丹波、丹後の伝説」に掲載されたものを紹介する。
<天狗の侘び証文>
その昔、何時の頃からか光明寺付近に“天狗”が住みつき、悪さをするようになった。ある日、和尚さんが山を降りて留守になった時、天狗の悪さが始まった。真っ暗だった本堂が急に明るくなったと思うと真っ赤な衣を着たたくさんの坊さんがずらりと並んでジャージャーと読経が始まった。
子供たちは「天狗の仕業だ。こわい!」と本堂の隅に集まってブルブル・・・。そこへ和尚さんが戻ってきて門を入ったところで「エヘン」と咳払いをすると本堂の灯りはパット消え、お経も止んで元どおりになった。子供たちはやっと生き返った心地・・・。
また、お百姓さんが割り木や柴を山に積んでおくと一夜の内にどこかに隠してしまう。和尚さんは「困ったことだ」と、ある日、天狗を呼んで言い聞かせた。すると天狗は「この寺に『葷酒山門ニ入イルヲ許さず』と書いてあるのに寺にはたくさんの酒がある。定めを守れたら悪さをやめよう」と言った。「それはもっとも」と和尚さんが承諾すると、天狗は喜んで今までの悪さの「わび証文」を一札入れた。それからは天狗の悪さはなくなったという。
投稿者 ryokudo : 14:55 | コメント (0)
2007年04月24日
早春の妖精
................................................撮影:中上林 上林禅寺

中上林八津合町にある上林禅寺の庭には、池の淵の苔の中から数輪、“かたくり”が可憐な花を咲かせている。早春にうす紫やピンク色の花が日の当たる時だけ下向けに咲き、春を告げるスプリング・エフェメラル(早春の妖精)とも云われている。
黒川和尚の話によると、種子にはアリが好むエライオソームという物質がついており、アリに拾われることによって生育地を広げていくという。また、種子が地中に入ってから7~8年してから2枚葉を出し、開花する。その昔、日本では落葉広葉樹林のある各地で広く見られたが、乱獲や盗掘、土地開発などによる生育地の減少で少なくなっているそうだ。
この日は、樹齢200年の枝垂桜を撮りたいと思って訪れたが、「ウソ」という鳥が群れで飛んできて花芽を食べ、上の方はほとんど花がなかった。昨年6月に訪れた時から楽しみにしていただけに残念な気持ちで眺めていると、境内の庭を清掃されていた和尚さんにこの花を紹介して頂いた。初めて出会った早春の妖精を、季節の風として送りたい。
投稿者 ryokudo : 14:14 | コメント (0)
2007年04月23日
霊山 弥仙山(No.2)
.............................................................................撮影:綾部市 於与岐町
<山岳信仰 一口メモ> (前回の続き)
弥仙山にちなんで日本の山岳信仰について考えてみたい。日本3霊山として駿河富士、越中立山、加賀白山がある。これに石鎚山、大和大嶺山、釈迦嶽、大山を加えて7霊山。これらを含めて日本で霊山といわれる山は351座におよぶという。
日本の国土の76%は山または山地で世界的に見ても緑豊かな国。人々は昔から山に神々が宿り、それを霊山や霊峰と呼ぶようになり敬虔な祈りを捧げてきた。豊かな自然の恵みへの感謝や噴火、洪水、干ばつ、暴風雨の抑止と安穏を願い、崇拝し続けてきた。
宗教民俗学者の堀一郎氏は、日本における山岳信仰の始まりを火山系、水分系、葬所系の三つの型に分けて考える。火山系とは火山が噴火し、爆発することに人間が畏怖の念を抱いたことに起源する。水分系は、水源の山に対する信仰で、農耕を営む人々にとって山は生命の源であり、かつ水害を引き起こす脅威でもあった。
葬所系は、人が死ぬとその霊は高いところへいくという考えから出てきたもの。山は霊が住む場所とされ、さらに死者を葬る場所にもなったことから祖霊の居場所となり、人が最期の還っていく場所ともみなされるようになったという。
筆者の属する山内自治会も君尾山の水源地に小さな祠を建て、山の神として不動明王を祭っていた。毎年7月8日に清掃を行いお参りしているが、これは、農業や生活用水としての水の確保と洪水の抑止を祈願したものだ。 近年、あやべ温泉のすぐ近くにある「乳が森さん(母乳の神様の社)」に移し、ひとつ屋根の下で祭っている。
投稿者 ryokudo : 09:46 | コメント (0)
2007年04月20日
桃の花
..............................................................................撮影:奥上林 味工房

関西の春は、奈良 東大寺二月堂のお水取りに始まり、造幣局の通り抜けで終わると云われている。この間、梅、椿、木蓮、こぶし、梨、サクラなど冬の眠りから覚めた花木たちは次々と芽を出し、花をつけ季節の彩りを堪能させてくれる。
地球上には500万種もの植物があるという。それらの植物は、生命の大爆発のあったカンブリア紀の後、今から4億年近い太古に海の中から地上進出し、5,000万年かけて地球を埋め尽くしたそうだ(動物の地上進出より数千万年も早かったらしい)
地上に進出した、たった一種の植物(シダ類)は、それぞれの環境に適応しながら種を増やしていき、これだけの数になったという。今回は、あやべ温泉の姉妹施設である味工房の庭に咲いた地球上の500万分の1、桃の花(写真)を季節の風として上林から読者の皆様に送りたい。
<桃の花 一口メモ>
バラ科の落葉小高木。中国黄河流域が原産で、弥生時代には渡来していた。中国の古典医学書「名医別録」には“白桃花”には大便や小便の出を良くする作用があるので、飲食物がなくなり、お腹がすっきりし、体重が減ると記されているそうだ。
ある資料によると、頑固な便秘で肥満傾向にある女性が、桃の花とミカンの皮粒を適量飲むと翌朝は快適な排便が得られるという。これは、実際に開業医の臨床テストでも証明されており、桃の花に含まれるマルチフロリンが大腸の蠕動運動を活発にして、排便を促進する作用があるそうだ。便秘や肥満、生理痛でお悩みの方は一度お試しあれ。
投稿者 ryokudo : 17:59 | コメント (0)
2007年04月18日
霊山 弥仙山(No.1)
............................................................................撮影:奥上林 君尾山

君尾山から西へ6 km、三角形に突起した山が「改心の道」で知られる弥仙山だ。美仙山や丹波富士などと呼ばれ、市内では頭布山、養老山についで高く、晴れた日の山頂からは大江山や舞鶴湾が一望できる。弥仙山という名は、仏教で世界の中心にそびえ立つ高山の須仙山から由来している。綾部市/舞鶴市境に位置し、標高は664mある。
毎年、11月23日は恒例の「改心の道」遊歩の開催日で大勢の参加者が列をなして頂上を目指す。登山口の於与岐町から中上林の八津合町までの8kmの道程を3時間ほどかけて踏破する。途中、見晴らしの良い休憩所で一息入れ持参の弁当を食べる。ちなみに、第15回目を迎えた昨年は170名が参加されたそうだ。
この山は、奈良時代から信仰の山として開け修験道の行場のための寺があったという。明治に入り神仏分離によって金峰神社と改められた祠が山頂に建立されている。この時代、白いヒヒがいるという騒ぎが起こり、地元の人が駆けつけると白衣の女性が現れた。大本教の開祖である“出口なお”が水場近くにある権現堂に籠もっていたという。
「改心の道」は、君尾山光明寺から弥仙山につながる山道。光明寺を舞台に暴れ回った天狗が和尚に侘びを入れたという民話(No.3で紹介)から名づけられたそうだ。 筆者も京都からUターン帰郷して3回目の秋を迎える今年はその昔、修験場として栄えた2つの山を結ぶこの道を歩き、神が住むという山の持つパワーを感じてみたいと思う。(次回へ続く)
ご意見、ご感想をお待ちしています。
http://www.ryokudo.net/blog/
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2007年04月07日
春の彩り:こぶし
......................................................................撮影:奥上林 あやべ温泉

長く厳しい冬の寒さが日一日と和らぐ今日この頃、7里(28km)の上林谷の山々には、彼方此方で「こぶし」が咲き、春の香りを運んでくれている。
「白樺、青空、南風、こぶし咲くあの丘北国の、北国の春」のフレーズで始まる千昌夫の歌にもあるこの花、府道1号線をドライブされる方々はフロントガラス越しに目にし、地球の大自然の営みを感じながらハンドルを握っておられることだろう。
山に咲く白いこぶしが花弁を散らす頃、里山ではソメイヨシノが満開を迎える。そして、落葉樹が新芽を出し、葉をつけ、新たな生命の営みを開始する。その自然の息づかいを感じながら里山で暮らす人々は大地を耕し、稲作や野菜作りの準備を始める。
何百年、何千年と続いてきた地球の新しい1年の始まりだ。毎年繰り返す、変わらない生命の営みではあるが、上林の豊かな自然に感謝したい気持ちになるのは私一人ではないだろう。
<こぶし 一口メモ>
漢字では「辛夷」と書く。花の下に小さな葉を1枚つけるのが特徴の落葉高木こぶしは、つぼみが子供の拳に似ていることで名付けられたそうだ。春を告げる花として昔から親しまれており、ピンク色の花の「紅こぶし」もある。モクレン科に属し、花言葉は信頼・友情。原産地は日本だという。
ご意見、ご感想をお待ちしています。
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投稿者 ryokudo : 14:43 | コメント (0)
2007年03月28日
渓流釣り(No.2)
............................................................ ...........撮影:奥上林 早稲谷川

(前回の続き)
同級生の今井雅臣さん(写真は別人)は30年前からここへ来ている。この日も友人と朝6時から早稲谷川に入り、2人で40匹ほどのアマゴとイワナを釣っていた。圧巻は27~30cmのイワナ数匹だ。このような狭い渓流に、こんな大きなイワナが生息していることは驚きである。これだから渓流釣りは止められないのだろう。
早速、これを慣れた手つきで3枚におろし、近くの谷川で手に入れたワサビをつけ、刺身を肴にビールを飲む。まさに至福の一時である。アマゴの天婦羅も新鮮でとても美味かった。ブログの取材に来て同級生に出会い、このような楽しみを頂けるとは思いも寄らなかった。筆者にとって忘れられない1日となった。
早稲谷渓谷は狭い所で20 m前後、川はその中央を流れている。その両山の尾根が見えるほど切り立った急斜面の高さは数百メートル。その山には一面に杉や檜などの針葉樹が植林され、ブナやケヤキ、栃の木などの落葉樹はほとんど見られない。
落葉樹の山は、木にも土にも雨水の保水量が格段に多く、それが渓流の水量を支えている。そして、山の土砂の流出を抑えることから川はたまりを維持することから、そこにはアマゴの餌となる川虫が多く繁殖し、魚もそこに集まるという。一度人間が手を入れた山は簡単には元には戻らない。この素晴しい早稲谷渓谷を子供たちにも残してやりたいと思う。
投稿者 ryokudo : 16:34 | コメント (0)
2007年03月18日
春の雪
...............................................................................撮影:奥上林 睦寄町

3月12日、昨夜から降り続いた雪で、奥上林の山野は一面の銀世界に染まった。東大寺二月堂のお水取りのこの時期は例年、寒の戻りで寒くなるが、我が家の屋根の上は20数cmにもなり、この時期としてはかなりの積雪である。
例年だとなんとはないこの雪も1~2月が極端に少なかったこともあって、温泉の受付けカウンター前では顔見知りの入浴のお客様が見える度にこの話で持ちきりである。この寒の戻りで、各地のサクラの開花予想もすっかり変わってしまったようだ。筆者の畑で30 cm程に伸びたエンドウも雪に埋もれて成育を一休みしているに違いない。
大寒の日にエントリーしたブログに「人類は、まだ、気候をコントロールする力は持ち合わせていない」などと生意気なことを書いたが、この記事は訂正しなければならないことになりそうだ。
この冬、利根川上流の群馬県 奈良俣ダム周辺で人口的に雪を降らす実験が行われた。3,000m上空の流れ来る雲に向かって飛行機から細かいドライアイスを撒くと20分後にはダムの周辺が霞むほどの雪が降ってきた。
これは、先日、テレビで放映されたのでご存知の方も多いと思うが、勿論、世界で初めての試みである。5年後の実用化をめざしているという。近い将来、人類は地球の気候を自由に変えることができる時代を迎えることになるかもしれない。
投稿者 ryokudo : 15:49 | コメント (0)
2007年03月10日
渓流釣り(No.1)
...........................................................................撮影:奥上林 早稲谷川

物音を立てず静かに、糸につけた赤い目印(脈釣り)が引くのを待ち、魚が餌を飲み込んだらすばやく竿を引き上げる。魚との格闘のその瞬間が釣り人にはたまらない魅力だという。
3月1日午前五時、上林川の上流に位置する早稲谷川と古和木川のアマゴ漁の解禁だ。この日、両川の入口にある大石商店で買われた遊漁券は日券と年券あわせて38枚。遠方からも大勢の釣り人が訪れ、薄暗い内から狙いのポイントを目指して糸を垂れた。
初めて入る早稲谷渓谷に、期待と不安を募らせながら大石商店の前で朝食をとっていたら顔見知りの監視員に出会った。これ幸いに監視員の後ろについて渓流に入り、釣り人の遊魚券を確認しながら違反者がいないか調べていく。大阪から来たという釣り人の魚籠の中には4~5匹のアマゴが入っていた。昨年は40~50匹の釣果があったというこの釣り人の話では、今年は餌の食いが良くないそうだ。
上林川の漁業権を持つ上林漁業組合(川端康太組合長)では、昨年7月に稚魚を4万匹、11月には成魚を200kg放流されたそうだ。
アマゴ漁は9月末までの7ヶ月間続く。渓流釣りは春に集中するが、6月にアユ漁が始まるとアマゴの釣り人は少なくなり、魚も大きくなることもあって、川をよく知る釣り人は夏場にここへ入るそうだ。アマゴが川の上を飛ぶ虫を餌とする季節になると仕掛けは毛ばり(疑似餌)が適しているという。(次回に続く)
投稿者 ryokudo : 15:39 | コメント (0)
2007年01月22日
今年の大 寒
...............................................................................撮影:奥上林 睦寄町

「おおさむこさむ 山から小僧が飛んできた 猿のべべ借りてきしょ」と子供が歌うわらべ歌にあるとおり、この時期は寒の内にあり1年のうちで最も寒い季節だ。しかし、上林の大寒は(1/20)はこの冬一番の天気となり、気温も10℃と高くとても暖かい。
空は青空で覆われ、積雪は高い山の北向きの山陰に少し見られるだけで、記録的な大雪で家屋の倒壊など多くの被害があった昨年とは大違いである。
気象衛星「ひまわり」などで気候変動の観測精度を高め、正確な予報として提供することはできても、地球の気候をコントロールする力はまだ人類は持ち合わせていない。二酸化炭素(CO2)を大量に排出して自然や環境の破壊をすることはできても・・・・。
大層な話、異常気象を引き起こすエルニーニョやダイポール現象はよく知られているが、気候に影響を与えるものとして「深層海流」がある。3,000メートルの氷の島グリーンランドからは大量の冷水が太平洋に流れ込んでおり、これが2000年かけて地球を一周する深層海流だ。この深層海流が地球の気候変動に大きな影響を与えているという。
昨年の大雪、一昨年の台風23号と天候に大きく左右されるあやべ温泉ではあるが、昨秋の府道51号線菅坂バイパスの開通と合わせて、積雪の少ない今年の冬はスリップによる事故の心配も少なく、スノータイヤをはめなくとも快適なドライブが可能であり、多くのお客様が来館され、一時のやすらぎを楽しんで頂いている。
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2006年11月26日
安国寺 もみじ祭り
........................................................................撮影:東八田 安国寺町

各地で紅葉が盛りを迎える中、ここ足利尊氏生誕の地である安国寺でも18日「安国寺もみじ祭り」が催され、約300本のモミジが植えられた境内は大勢の観光客で賑わった。恒例のもみじ祭りは、この地区3大行事の一つとされ、安国寺や地元の自治会でつくる実行委員会が主催。
訪れた観光客は、紅葉をバックに写真を撮ったり、釈迦如来両脇対座像と子安延命地蔵尊を祭る本殿に参拝し、藤本和尚の説明を聞いたりした。一方、庭園内では野点が設けられ琴や尺八を聞きながら至福の一服を楽しんだ。そして、居並ぶ模擬店で好みの食材を買ったり、餅つきなどにも参加して秋の1日を満喫した。(次回へ続く)
<安国寺一口メモ>
当寺は、西暦4年(993)ごろ地蔵菩薩を本尊として開創され、もとは光福寺と称した。嘉元3年(1305)足利尊氏の誕生によって上杉・足利の氏寺として尊崇を受けるようになったという。
暦応元年(1338)足利尊氏は、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺・利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺とし、諸国安国寺の筆頭においたそうだ。当寺は多くの重要文化財、府・市指定文化財、重宝等を蔵する名刹である。
投稿者 ryokudo : 14:16 | コメント (0)
2006年10月23日
トビ
................................................................................撮影:奥上林 睦寄町

「夕焼け空が真っ赤か トンビがくるりと輪を描いたホ~イのホイ」のフレーズで始まる三橋美智也の歌にもあり、「ピーヒョロロ」とのどかな声で鳴き、「トンビ」と呼ばれて日本人には古くから親しまれてきた。里山の多い上林の風景にはよく似合う鳥である。
ある日の夕方、どこから集まってきたのか、睦寄町の田んぼの上空には70数羽のトビがグルグルと輪を描きながら飛び続けていた。その内の2羽が筆者の畑の近くに巣を構えていて、農作業の合間におやつを食べていると、後ろから音もなく飛んできてあっという間にさらっていく。
トビの属するワシタカ科は世界で218種。ユーラシアやアジア、オーストラリア北部からアフリカにかけて世界の広い範囲に生息している。ネズミ、ヘビ、カエル、鳥類などの生きているものを空中から狙って狩る、いわゆる「ワシタカ類の狩り」は行わない。主に農耕地やその周辺の山地、海岸に近い山地などに生息し、弱ったヘビやカエル、魚類などを主食にしている。
戦後、木材不足を補うため多くの山々で植林が始り、食べ物が成る木は伐採されてすっかり減少し、野鳥や小動物の生息域を少なくしてしまった。そして、生物はその個体数を減らし、絶滅が危惧されている種は年々増加している。食物連鎖の一方の頂点にいるトビには、おろかな人間たちの営みをいつまでも上空から見下ろしていてほしいものである。
投稿者 ryokudo : 09:07 | コメント (0)
2006年10月16日
ヒガンバナ(彼岸花)
...............................................................................撮影:中上林 睦合町

稲刈りの終わった田んぼの畦や道端の岸には真っ赤な彼岸花が列をなして咲き、遠くから見ると、殺風景な田園に一輪の花を添えたような雰囲気を感じさせてくれる。別名曼珠沙華(まんじゅしゃげ)ともいわれ、秋の彼岸ごろから開花することに由来する。
「赤い花なら曼珠沙華、オランダ屋敷に雨が降る・・・・」と歌われたこの花は、中国から伝来した帰化植物だという。高さ50cmほどの花茎が葉のない状態で地上に突き出して咲く姿は、他の草花にはあまり見られず、その色と相まって少し異様にすら感じる。
異名が多く、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花とも呼ばれ、日本では忌み嫌われることがある。また、韓国では彼岸花のことを「相思華」とも呼ばれ、花と茎が同時に出ることがないことから「葉は花を思い、華は葉を思う」という意味があるそうだ。
鱗茎にアルカロイドを含む有毒植物であるが、この毒は水にさらして抜くことができ、澱粉に富むため古くは救飢植物として食用されたという。このため、田畑の畝によく植えられたそうだ。上林では、この花が萎むと同時に本格的な秋がやってきて、朝晩は一段と涼しくなってくる。
花言葉は「悲しい思い出」「思うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」
投稿者 ryokudo : 14:25 | コメント (0)
2006年07月27日
アジサイ
........................................................................撮影:奥上林 睦寄町

日本の梅雨の季節に咲く代表的な花と云えばアジサイだ。府道1号線をドライブすると家の庭先や田んぼの岸などにたくさん咲いている。うっとうしい梅雨の時期、清楚で可憐なこの花を目にするととても心が和む。
映画全盛の頃、昭和35年の日活映画「あじさいの歌」の中で、若い商業デザイナー河田藤助(石原裕次郎)の向けるカメラに、けい子(芦川いづみ)と一緒に映ったアジサイ花の美しさに感動し、それ以来、彼女とこの花のファンになってしまった。
アジサイを境内に多く植えたアジサイ寺と呼ばれる名所は日本各地にあるが、北鎌倉の名月院が有名だそうだ。また、この上林からすぐ近くの舞鶴自然文化園には、約5万株のアジサイが植えられているという。筆者のささやかな夢は、あやべ温泉街道の山裾一面をアジサイで飾ること。挿し木をし、自宅の周りから少しずつ植え始めている。
<アジサイ一口メモ>
原産地は日本。花言葉は、強い愛情、移り気なこころ、家族の結びつき。花の色が土壌のpH濃度によって様々に変化するので「七変化」とも呼ばれている。日本原産の最も古いものは青色だという。また、アジサイの名は、「藍が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものだと言われている。
投稿者 ryokudo : 15:14 | コメント (0)
2006年05月25日
ツバメ
..........................................................................................撮影:あやべ温泉

きれいに田植えがされた田んぼの上を、たくさんのツバメが飛び交う季節となった。それに伴って多くの家庭の玄関先などでは、せっせと巣作りに励むツバメの姿が見られる。あやべ温泉の軒下でも、毎年やって来て卵を生み、雛を育てるツバメの姿に目を奪われることが多くなった。
この巣、春の雨で湿ったドロと枯れ草に自分の唾液を混ぜこねて作るそうだ。昔は崖に作ったそうだが、より安全な人家に作るようになったという。ツバメは害虫を食べるので大事にされてきたのかも知れない。餌は、カ、ハエ、アブ、ユスリカなどの虫を食べるが、子育て中に親が運ぶ回数は、1時間当たり40回、1日に13時間の活動時間では520回にもなるそうだ。
このツバメたち、東南アジアの島々やオーストラリア北部から海面すれすれを飛びながら、餌をとり、水を飲みながら数千kmの遠い道のりをはるばるやって来る。その飛行スピードは時速50km、最高では200kmにも達するそうで、新幹線にも匹敵する早さである。
そして、日本で育った若鳥とその親たちは、秋風の吹く季節になると1ヶ所に集まり、何千、何万という群れをなし、南の空を目指して旅立っていく。来年もまた、生まれ故郷である日本へ、そして、緑豊かな上林の里へ元気な姿を見せてほしい。
投稿者 ryokudo : 14:11 | コメント (0)
2006年05月19日
清流 上林川

雪解け水を湛え、空の青さを映しながら7里(28km)の上林谷をゆったりと流れる。清流上林川は、由良川の上流に位置し、地元の上林は勿論、綾部や福知山そして舞鶴など下流都市の人々にとっての命の水でもある。
命の水の最初の一滴は、福井県との県境である綾部市老富町にある。この地は、70年代の前半、ホークの神様と言われた岡林信康さんが4年間住んでいたところでもある。
この上林川、ある調査によると四国の四万十川より汚れが少ないというデータがある。川は、堰やダムができると水の流れが遅くなり、太陽の熱で温められて藻やコケが多く生え、水中酸素濃度が増えて汚れるそうだ。
昔に比べると魚の数や種類が少なくなったというが、上林川のある場所にはオオサンショウウオがたくさん(ある日の調査では17匹)生息している。これは、餌となる魚などの食べ物が豊かであるからだろう。あやべ温泉は、「上林川を美しくする会」に参加し、活動しているが、そこに住む私たちもできることからはじめて行きたいものだ。
投稿者 ryokudo : 13:21 | コメント (0)
2006年05月08日
米づくり
.............................................................................撮影:奥上林 睦寄町

秋の収穫の後、お礼の肥料をやってから休んでいた田んぼにトラクターが入り、あちこちで稲作の準備が進んでいる。後方では、カメムシやイナゴなどの害虫の巣となる畦の草刈りをしている。これらの害虫に食べられるとお米が変形して等級が低くなり、同じ手間をかけて作ったお米も売価はうんと安くなるそうだ。
米や野菜づくりは、これらの害虫や天候との戦いの歴史でもあり、先駆者たちが知恵を出し合って様々な改良を重ねてきた。近年、化学肥料や農薬づけによる農業の環境や生物への影響が懸念される中、有識者の方々によって新たな農法が開発されている。
不耕起自然農法もそのひとつだ。数年ほど前、NHKテレビで放映されるのをみて凄い農法だと感心もし、いつかはやって見たいと思っている。これは、トラクターなどで耕さず固い土に苗を植え、植物の持っている自然の力で育てようというものだ。
要は、農薬や化学肥料に頼らず、水稲を野性化させることで、気候変化や病虫害に強い植物に育てるものだ。その効果は、10数年前に日本列島を襲った冷害で立証され、国も認めているという。佐渡ヶ島でもトキを呼び戻そうと頑張っておられるそうだ。この福岡農法、欧米などの先進国でも凄い理論だと評価されているという。
戦後、デミング博士などの指導のもと管理の概念が定着し、工業製品では世界に冠たる品質を築き、日本の高度経済成長を支えると同時に、各国の経済発展に寄与してきたが、農業分野でも知恵と工夫で改革が進んでいる。
投稿者 ryokudo : 10:09 | コメント (0)
2006年05月06日
桃の花
............................ ................................................撮影:奥上林 睦寄町

長い冬の眠りから覚めた木々たちは、あちこちで彩をこらして芽を吹き、花を咲かせている。毎年繰り返される自然の営みではあるが、日本の四季の訪れに目を奪われる昨今だ。
睦寄町にある味工房の庭にも桃の花が咲きそろい、春風に1枚2枚と花びらが舞っていく。田園に囲まれたこの場所で、道行く近隣の人たちは田んぼや畑仕事の合間に手を休め、ピンクの花を眺めて心を和ませていく。
桃の花で印象的なひとコマは、中国3大小説のひとつ三国志の第一章「桃園の誓い」だ。後漢の末期、国は乱れ、黄巾族が暗躍し、民百姓は不安で苦しい生活をしていた。そこで立ち上がったのが三国志の主人公となる劉備玄徳、張飛翼徳、関羽雲長の3人の若者たちである。それを祝って劉備の母は、楼桑村にある美しい桃の花が咲く桃園の中に宴席を設けてやった。
そこで3人の若者は杯を酌み交し、義兄弟の誓いをして黄巾族を討つための義勇軍を立ち上げたのである。それはまた、中国では今も大人気の人物、諸葛孔明の提唱する中国を魏、蜀、呉に分けて治める「天下3分の計」の始まりでもあった。
桃の花を見るにつけ、吉川英治の小説のあまりの面白さに夜の更けるのを忘れ、読み漁った青春の若かりし頃に思いはめぐる。
投稿者 ryokudo : 15:48 | コメント (0)
2006年04月29日
枝垂桜
..........................................................................................撮影:あやべ温泉

あやべ温泉入り口に咲く枝垂桜は今が見ごろである。9年前、この施設ができた時に植樹されたものなので年輪はわずかだが暖かい春の訪れを感じさせてくれる。関西の春は、奈良東大寺二月堂の「お水取り」に始まり、造幣局の「通り抜け」で終わると云われている。
250以上の品種があるサクラは、わが国を代表する花木の一つ。春の訪れとともにいっせいに咲き出し、南から北へとサクラの花は次々と春を告げながら北上する。桜前線の基準は、日本の大部分では染井吉野、沖縄ではカンヒザクラ、南部と東部を除く北海道ではオオヤマザクラ、そして北海道東部では千島桜だという。
桜前線のスタートは1月上旬に沖縄八重岳で咲くカンヒザクラである。ここでは、平野より早く山の上から咲き始めるそうだ。そして本州の平野を駆け巡り7月頃に南北アルプスや北海道の高い山で咲き、半年以上かけて日本列島を移動する。一本の木に咲く花の命は短いが、日本列島2,000kmを半年以上に渡って咲き続ける花は他にはないだろう。
この季節に思い出す一句
『風さそふ 花よりもなお我はまた 春の名残をいかにとやせん」
投稿者 ryokudo : 14:18 | コメント (0)
2006年04月22日
温泉街道 春の彩り
................................................................................................撮影:睦寄町

府道1号線からあやべ温泉へ向かう温泉街道の路肩には、真黄色の水仙が見事に咲き、入浴や宿泊のために訪れた人達の目を楽しませてくれている。ドライバーの方々は、車から降りて眺めたり、写真を撮ったりしてその美しさに暫し見とれている。また、青少年山の家の桜も満開となり、雪解けから目覚めたこの地域は春の彩りの真最中だ。
この水仙は、一昨年の秋に地元の婦人会の方々が一生懸命植えて下さったものであり、昨年に続いて4~500m程の距離にびっしりと咲いている。毎年、周囲の草を刈ったり、土に肥料を入れたりして世話をされており、きれいな花を見られるのも地元の方々の努力の賜物である。
地域の方々に愛され、親しまれ、そして支持されるあやべ温泉にしていくことは私たち従業員ひとり一人の願いでもあり、このような活動はたいへん有難いことである。
<水仙一口メモ>
ギリシャ神話では、美少年ナルシスが多くの女性を悲しませたため、女王メネシスの呪いにより、自分を愛し続けてやせ細り、やがてスイセンの花になってしまったという。地中海を原産地として中国を経由し、平安時代の末期に日本へ渡来した。花言葉はナルシスト、自惚れ、プライド。ホトトギス科に属し、その種類は5,156種もあるそうだ。
投稿者 ryokudo : 15:42 | コメント (0)
2006年02月07日
雪遊び

この冬は、例年にも増して豊富な積雪であり、スキー場は大賑わいのことでしょう。しかし、お子様連れの方々でしたら本格的なスキー場へ行かなくても、あやべ温泉の裏山のスロープを利用して「そり滑り」などの雪あそびを自由に楽しんで頂けます。
週末になると、温泉ファンの方々が来館され、お子様連れのお客様はそりを持ち込んでにぎやかに雪あそびを楽しんでおられます。その後は温泉に入浴して、ゆっくりとくつろいで頂けるあやべ温泉へのお越しをお待ちしております。
ソリなどの遊び道具は、各自でご持参ください。販売や貸出しはしておりません。なお、少し位の積雪でしたら自動車の通行には問題はありません。夜明け前から除雪車が稼動して、自動車の通行を確保しております。
投稿者 ryokudo : 13:44 | コメント (0)
2006年01月16日
冠雪四姉妹
12月に入り4回目の積雪である。日本各地で記録的な大雪となり、屋根の雪下ろしや自動車のスリップ事故などで多くの人が亡くなったり怪我をされている。暖冬予想がとんでもない大雪となったものだが、このまま天候が回復しないと新年は雪の正月となりそうだ。
........................................................................................撮影:二王公園

府道1号線を、若狭方面に向かってドライブすると、カーブを回るごとに積雪は増え、福井県の境あたりで最も多くなる。近年、一番の大雪は20年ほど前のことだ。筆者の家では、屋根から落ちた雪と地面に積もった雪がつながり、家の中は昼間でも照明がないと暗くて生活できなかった。
この積雪、生活する大人には厄介なものだが、子供やスキーヤー達にとっては楽しい遊びの道具である。あやべ温泉の裏山でも、子供達がソリを持込んで高いところから滑っている姿が目に映る。自動車で来て頂くお客様は是非、スノータイヤでお越し願いたいものだ。
<地球一口メモ>
日本は四季がハッキリしており、季節の移り変わりを楽しめる国でもある。大層な話になるが、地球は46億年前、太陽と共に宇宙の塵が集まって誕生し、それから約1億年後、火星くらいの大きな隕石が衝突して地軸が23.4度傾いたそうだ。これにより四季が生まれ、冬には雪が降ったり夏には白夜になったりする。地球環境は季節で変化し生物もそれに合わせて進化してきた。一方、飛び散った地球の破片は、再び引力で引き戻されて月が誕生したという。宇宙の壮大なドラマであるが、もし、地軸が真直ぐで四季のない地球だったらどんな世界になったであろうか。
投稿者 ryokudo : 11:11 | コメント (0)
2005年12月05日
紅葉
.................................................................................撮影:故屋岡町 川原

北国から積雪の便りが届く昨今、山々の落葉樹が冬に向かって準備の最中である。今年は、夏季に雨が少なかったこともあって、例年に比べると色合いが良くないそうだ。それでも、綾部方面から府道1号に入ってくると、山々の紅葉がフロントガラス一杯に迫ってきて、ドライブする人々は大自然の営みに圧倒されることになる。
日本の北から南へ移る紅葉前線の速さは、一日に平均27kmといわれている。木々を色づかせたかと思うと、たちまち葉を落としてすぎていく。これは、冬の寒さを乗りきるための植物の生きる智恵だ。 動物や植物そして菌類を合わせて3,000万種が生存する地球上の生命は、それぞれの環境に適応して生き続けている。
<紅葉一口メモ>
植物は、葉の中に葉緑素(クロロフィル)を持ち光合成をして栄養分を作っているが、秋になって気温が下がると、葉と枝の間に「離層」とよばれる切れ目ができて、水や養分をはこぶ管を閉ざしていく。
葉緑素がこわれて緑色が消えると、今まで目立たなかったカロチノイドという黄色の色素が浮きだしてくる。やがて、葉の中に残った糖分が使われて、アンシトシアニンという赤い色素ができ細胞内に広がっていく。これが美しい紅葉として私たちの目を楽しましてくれている。
投稿者 ryokudo : 10:35 | コメント (0)
2005年11月11日
台風23号の爪跡
......................................................................撮影:睦寄町 光明寺参道

過去20年間では最悪の風水害となった昨年の台風23号の上陸から10月20日でまる1年が過ぎた。西日本を中心に98人もの死者・行方不明者を出し、各地で大きな被害をもたらした。
由良川下流の舞鶴市では、避難の的確な判断ができなかったため観光バスが水没事故に遭遇して、多くの人がバスの上で一晩を過ごすという恐怖の体験をされたことが今も記憶に新しい。
あやべ温泉からすぐ近くの君尾山にある光明寺への参道も、その時の爪跡を残したままである。道路の三分の一が崩れてしまって自動車は通ることが出来ない。そのため光明寺や二王門へは、歩いていくか林道を通行するしかない。
生活道路ではないので改修の優先順位は低いかも知れないが台風23号から丸1年、あやべ温泉の来館者やその従業員は、自動車で通行できるその日を心待ちにしている。
投稿者 ryokudo : 17:34 | コメント (0)
2005年11月08日
スズメバチ
..................................................................................撮影:睦寄町 山内

先日、山内の自治会で林道の草刈りをしていたら2ヶ所でスズメバチの巣を見つけた。撮影のため、枯れ枝を払いのけたら中から蜂がぞろぞろと湧きでてきた。幸いこれは、コガタスズメバチの巣のようで、すぐには襲って来なかった。この種は、性質は比較的温順で、巣に静かに近づいても2m位までなら刺されることはないそうだ。
国内には、5種類のスズメバチ属がおり、一番大きいオオスズメバチだと40㎜にもなり攻撃性は非常に激しいとのこと。今年は、各地ともスズメバチが多く巣をしており、人への被害もかなり多いそうだ。この10年間の全国の死亡者は、年平均で約30人に達するデータもある。
あやべ温泉に卵を納品されている峰地さんは、先日、スズメバチに襲われて大格闘の末、13ヶ所も刺されたそうだ。すぐに医者に行って治療され、翌日の京都への納品にはなんとか行かれたそうだ。まずはよかった。
投稿者 ryokudo : 15:32 | コメント (0)
雲海
.........................................................................................撮影:君尾山

この時期、上林一帯では早朝に雲海を見ることができる。特に、君尾山から眼下に見る上林谷の雲海はすばらしい景色であり、その模様はまさに絶景である。
光明寺の参道には夜明けを待ちかねたカメラマン達が三脚を立て、薄暗く肌寒い中、手をこすりながらシャッターチャンスをうかがっている。
山間部での放射冷却によって空気が冷やされ、その中の水分が霧となって一帯を多い尽くすことで、雲の海に山々が島のように浮かんでいるように見えることから雲海と呼ばれる。まさに大地の呼吸であり、地球の大自然の営みである。
都会では見られないこの風景、 関西の軽井沢?と呼ばれる上林の君尾山で体感してほしい。
投稿者 ryokudo : 14:45 | コメント (0)
2005年10月31日
秋祭り
撮影:奥上林 睦寄町

収穫を祝う坂尾呂神社の秋祭り。上林の村々では、ぞれぞれの神社で笛や太鼓の音に合わせて氏子達が神輿を担ぎ村々を練歩く。この神輿は、1トン近くもある重いものであり大人20人でやっと担いでいる。筆者も一度は参加したいと思っているが、最後まで担ぎきる自信がないため決断できないでいる。
坂尾呂神社は、須佐乃男尊を祭神とし、地域の人々の心のよりどころとして長い歴史を重ねている。本殿の周りには樹齢数百年の大きな杉の木が何本かあり、境内は昼間でも薄暗い。秋祭りの前には8つの村の氏子達が集まって神社の境内をきれいに清掃し、祭りの準備を行う。
過疎化、少子高齢化の時代の流れの中、このような行事をとおして8つの村々が協力しながら相互に助け合い、若者達を中心として連帯感を育んでいる。
<祭り一口メモ>
古来、祭りは正月と共に地域の最大行事であり、老いも若きも指折り数えてその日を来るのを待ちこがれた。常日頃おさえつけられた民衆は、この日に1年の憂さを晴らし、快くない庄屋や役人の家へ神輿をかつぎこんで暴れたりした。また、若い人々にとっては男女交際を許された日であり、村人をあげて祭りを楽しんだという。
投稿者 ryokudo : 14:41 | コメント (0)
2005年10月22日
セイタカアワダチソウ
撮影:中上林 八津合町

今年もセイタカアワダチソウが咲き誇る時期になった。上林中学校近くの使われていない田んぼの中には、鮮やかな黄色をしたセイタカアワダチソウが群生している。
この植物、北アメリカ原産の帰化植物で、明治時代に観賞用に移入されている。戦後、急激にその生息域を広げ、鉱山の閉山期やベトナム戦争時にすさまじい繁殖力で増え続け、閉山草やベトナム草と呼ばれ嫌われたという。
長い間、花粉アレルギーを起こす植物とされてきたが、現在では虫媒花であり、風を媒介して受粉する花ではないため関係ないとする説が有力だそうだ。
どちらにしても、畑や田んぼなどの耕作地にはあまり生えないため、人間生活にはそれほど大きな影響はなさそうだが、根や茎からアレロパシー物質を分泌し、新たな植物の進入を阻害して大群生を形成するため、在来種にはあまり好かれる植物ではなさそうである。
投稿者 ryokudo : 15:10 | コメント (0)
2005年10月13日
体育祭
撮影:上林中学校

ボールを抱えて全力で走っているが、もちろんラクビーではない。運動会では定番のメデシングという団体競技だ。
今年も運動会の季節、奥上林と中上林がはじめて合同での開催となり、小学生から年配の方までの老若男女が一堂に集い、初秋の一日を楽しんだ。特に奥上林は、今年の3月に132年間続いた小学校が廃校となり、中上林小学校に統合されたことで単独開催ができにくい事情もあって、一際感慨深いものがある。
小学校がなくなりJAや郵便局もなくなった。地域を移動する公共交通機関もない。次世代を担う後継者も極めて少なく、過疎化と少子高齢化は津波のように押し寄せてきた。日本の山村のどこにでもある時代の流れではありますが、そこに住む人達にとっては切実なものがある。
そんな中で、中上林との合同開催は新たな時代の始まりでもある。小/中学校を中心として2つの地域の交流が今後ますます活発になり、次世代を担う元気な子供たちが育ち、そして、高齢者にとっても安心して生活できる上林になることを望むばかりだ。
投稿者 ryokudo : 09:37 | コメント (0)
トチの実
撮影:睦寄町 古屋

秋の味覚3品を揃った。良く熟れて甘そうな柿、大きな丹波栗、もう1つは何かご存知でしょうか。栗と良く似ているが、これが今日の主役『トチの実』だ。
古屋の細見 弘さんのお宅を訪ね、トチの実についていろいろと教えてもらった。『トチの実』は人里離れた山奥の、水気の多い山の、谷の部分にある樹齢数百年のトチの木になっているそうだ。
この実を加工して餅米と混ぜ合わせてトチ餅ができる。その昔、これがないと正月が迎えられないんだと云われる方もおられたそうで、トチの木のある山の持ち主は季節になると競って収穫され、よい現金収入になったと云う。
筆者も、少し苦味があって独特の香りのするトチ餅が大好きだ。奥上林の古屋にはトチの木が沢山あるが、最近は殆ど鹿が食べるので収穫は少ないとのこと。あやべ温泉では2種類のトチ餅を販売している。ご来店の際はぜひ食べてみてほしい。
投稿者 ryokudo : 08:39 | コメント (0)
2005年10月03日
実りの秋

秋の一日、あやべ温泉の先輩お二人に、我が家の畑へサツマイモ堀に来てもらった。使い馴れない鍬やスコップを使って、芋を傷つけないようにしながら何とかごらんのとおりの大きくて、美味しそうなサツマイモを掘り起こすことができた。大満足の笑顔がとても印象的だ。きっと、今晩はサツマイモ料理が食卓を飾ることでしょう。
<サツマイモ一口メモ>
甘藷、唐芋、琉球芋、薩摩芋とそれぞれの土地で名前を変えながら伝わって来たサツマイモ。江戸時代 8代将軍吉宗の命を受け、蘭学者の青木昆陽によって全国に広められました。 この時期、庶民や農民にとって非常に苦しい時代で、大商人による米相場の操作、度重なる飢饉や蝗害が、民衆による米問屋襲撃、農民一揆などの事件を引き起こした。
昆陽は、世の中の窮状を少しでも変えようと下総馬加村(千葉市幕張)の痩せた土地で苦労の末、甘藷栽培を成功させた。この40年後、昆陽没後10年後に天明の大飢饉が起き、津軽藩だけでも13万人の餓死者・疫病死者を数えたという。また、天明3年から4年の間に全国で何万人という数知れない人が餓死したそうだ。
しかし、この大飢饉にもかかわらず、馬加村では一人の餓死者も出さなかったといわれている。いつの頃からか、昆陽は『芋神さま』と敬われるようになり、『芋神さま』をまつる昆陽神社が建立されているそうだ。
投稿者 ryokudo : 19:53 | コメント (0)
2005年09月17日
いな木
撮影:中上林寺町

昔懐かしいイナ木、機械化が進んだ現在ではほとんど見られなくなりましたが、数十年前までは、稲を刈り取った後の田んぼにはあちこちで見られた田舎の風物詩の1つでもありました。
刈り取った稲穂を束にして、太陽の光と風で自然乾燥するためのものですが、昔は、一度にたくさんの稲が乾燥できるように8段の高いものが多く利用されていました。
筆者も若い時には家の手伝いをしながら、秋になると重い支柱や孟宗竹を肩に担ぎ、ぬかるみの田んぼを歩いて多くのイナ木を立てたことを思い出します。
お米の持っている味を壊さないように、2~3週間かけてゆっくりと乾燥させた後、脱穀、精米すれば真白で艶々の新米が食べられます。
上林山荘近くのイナ木の持ち主は、コンバインで刈りとって強制乾燥させた米よりもはるかに美味しいごはんを食べられることでしょう。
投稿者 ryokudo : 15:55 | コメント (0)
2005年08月29日
ひまわり

「向日葵」 花言葉は光輝、敬慕、あなたは素晴しい。
原産地は北アメリカで、コロンブスのアメリカ大陸発見後、スペインに持ち帰られ「インディアンの花」と呼ばれたそうです。また、別名:太陽花 Son flowerとも呼ばれており、日の照る方向に向かって花が回るという意があります。
ひまわりの花には、食欲増進、夏ばて解消、気持ちを前向きに積極的にしていく作用があるので夏の疲れを癒すにはとてもいい花です。あやべ温泉近くの田んぼや公園にはたくさん咲いており、遅く植えられた花はちょうど今が見頃です。
投稿者 ryokudo : 09:22 | コメント (0)
2005年08月13日
赤トンボ

赤トンボと聞けば、思い出すのが「夕焼け小焼けの赤トンボ・・・」のフレーズで始まる童謡「赤トンボ」ですが、作詞家 三木露風の歌に読まれてよく知られています。アキアカネやナツアカネなど「赤トンボ」と呼ばれるアカネ属のトンボは国内に15種類いるそうです。
例年ですと8月になってからよく見かけますが、今年はずいぶん早くから稲穂の上を飛び回っています。滅多に止まって休むことは少ないのですが、写真の撮影を知ってか幾度となく止まり木をおとずれ、可憐な姿でポーズをとってくれました。トンボファンにはたまらない姿でしょう。
夏に産卵された卵はサナギになって冬を越し、翌年の6月の中頃から7月にかけてヤゴはいっせいに羽化します。長い間、水の中で過ごし地上の光を見るのはたったの1シーズン。短い命を謳歌するように盛夏の中を飛び回り、晩秋のおとずれとともに去っていきます。
来年もまた、その可憐な姿をみせてほしいものです。
投稿者 ryokudo : 13:47 | コメント (0)
2005年08月04日
オオサンショウウオ

天然記念物の和名オオサンショウウオ、俗称ハンザキです。
岐阜・三重以西の本州~九州の山間部の河川300~2500mに生息しています。涼しく、湿度の高い山地の谷川や水辺などがお気に入りで、きれいな自然の中でないと生きていけません。
頭部は扁平で大きく、目は小さくてほとんど見えないそうですが、大きなものでは1.2mにもなります。
サンショウウオの仲間は世界中に450種類、日本には21種類いるそうですが、オオサンショウウオ科は3種類しかいません。 ヨーロッパでは大昔に絶滅してしまい、今は日本と中国と北アメリカしか生きていない世界でも珍しいサンショウウオ。約400万年前の化石とほとんどかわりのない姿だそうで、まさに「生きた化石」です。
信頼できる筋の情報では、上林川のある場所には17匹のオオサンショウウオが生息しているそうです。水量の少ないこの時期、あなたも「生きた化石」に会えるかも知れませんね。
投稿者 ryokudo : 14:28 | コメント (0)
2005年07月18日
カエル

田んぼの畦道を歩いていくと、オタマジャクシからかえったばかりのたくさんの蛙が飛び跳ね、慌てふためいて逃げていきます。なんとかわいい姿でしょう。思わず手にとって見たくなります。また、蛇もニョロニョロと動き回り、それを狙って空からはトンビが旋回しており生命豊かな田舎の田園風景です。ここには、米づくりを中心に人間と生物との共存した環境が残されています。