●朽木か綾部か
田舎暮らしを希望する人からときどき質問を受けることがある。「場所はどうして決めますか?」と。「住む場所と仕事とパートナーは赤い糸」。いつしかぼくは、そんなふうに答えるようになった。“終の住処”が決まった人にぼくは取材で必ず尋ねる。「どうしてここに決めたのですか?」と。なんともいえない偶然が重なって決まっていく。まるで天の配剤のように。それは用意されていることが多いようだ。
多くの人がそうであるように、若杉典加さん(1967年生まれ)もたくさんの空き家を見てまわった。最初は京都に住むという発想はなかったという。縁あって綾部市の東部にある物件を母の友子さんと見に行った。そのとき、「お母さん、ここかもしれないね」と感じたという。このあと、滋賀県の朽木村(現高島市)物件を見ることになっていた。「それを見てからね」と友子さんは言ったが、二人はここかもしれないと思った。
1997年の10月、若杉典加さん一家はお母さんの友子さんと、静岡市から綾部に移住した。はやいもので干支もひとめぐり。もう12年になる。あのとき、若杉さんが向かった朽木村の物件や周辺が魅力的だったら。おおげさかもしれないが、綾部の歴史も変わっただろう。そう思うのはきっとぼくだけではないはずだ。綾部か朽木か。宇宙レベルではそれは変わりがないのかもしれないが、この綾部にとっては大きな転機だったといえる。若杉さんが朽木に住んでいたかもしれなかったとは!今回、取材で朽木に行っていたかもしれなかったことを知り、大変驚いた。ああ、綾部に来てくれてよかったと筆者は思った。人生は選択の連続。綾部を気に入ってもらってほんとうによかった。
余談になるが、筆者が綾部にUターンするすこし前、典加さんと京都市内で出会っている。きっかけは若杉さんが「つくしんぼ」という食の情報誌を発行されていたのを定期購読していたご縁。京都で会ったとき、ぼくは綾部出身とは語っていなかった。1年半後、ぼくは綾部にUターン。そして、若杉さんの移住を知り、綾部で再会することになる。それから数年後、大阪の池田市でおこなわれた綾部市主催の農村都市交流イベント(「田舎暮らしフォーラム」)パネリストとして、典加さんとぼくは登壇した。人生とはほんとうに不思議なものだなあと思う。